手造り真空管アンプの店




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店主コラム 2008年1月分〜3月分




2008年3月21日

<大根料理>
 今年の冬は大根をたくさん食べた。その理由は、我が家では野菜は有機栽培の野菜を宅配で届けてもらう。これらの野菜は安全でおいしいのだが、ただこちらから野菜の種類を選べない。契約農家で取れた旬の野菜が何種類かダンボール箱に詰められ毎週送られてくる。今年の冬は大根が毎週のように泥付きで送られてきた。ほぼ毎週1本づつ送られてきた。更に、女房の知り合いの京都の方からまた数本大根を送られてきた。ただこの中には京都のおいしい聖護院大根も含まれていたので文句は言えないのだが。

 このように大根が毎週あるとどのように料理してよいか分からなくなる。そこで今年はいくつか新しい大根料理に挑戦した。今年作った大根料理を挙げてみると、 
 1、大根とたこの煮物
 2、大根と油揚げの煮物
 3、おでん
 4、ふろふき大根
 5、大根の味噌汁
 6、大根の漬物(浅漬け)
 7、大根おろし
 8、大根ステーキ
 などなど、いろいろ作った。

 1はたこと一緒の煮物だが、酒が大目に入りからしを付けて食べる。2は醤油、みりんなどで煮込む料理。家庭料理の定番で、これは簡単で結構おいしかった。3のおでんもおなじみの料理。我が家ではおでんに使う具にはこだわりがあり、神田の「構」のはんぺんやさつま揚げを使う。ここのはんぺんは絶品。以前テレビでも紹介されていた。4のふろふき大根は大根をごく少量のお米と一緒に炊く。我が家ではシャトルシェフという器具を使い、余熱を利用した調理器具で炊く。ひと煮たちさせ後は余熱で柔らかくさせる。煮くずれせず、ガス代もかからずこのような料理には最適な調理器具。今回の収穫はこれに使う練りみその作り方が分かったこと。土井先生の本のとおりに作ったらこれまた絶品の練り味噌が出来た。ゆずを加えた味は自分でプロ並みと自画自賛。5の味噌汁は自家製味噌を使用している。去年仕込んだ味噌をまだ使っている。今年も1月の大雪の時に今年の味噌を仕込んだ。毎回この時モーツアルトの曲をかけて作る。自家製味噌は香りがすばらしい。6の漬物は浅漬けの素を買ってきて作った。柚子こしょうを少し入れるとおいしかった。この漬物で特においしかったのが、京都の方からいただいた聖護院大根で作ったもの。きめが細かく歯ざわりも良く、ちょっと滑りが出てこれも絶品。京都のお土産にある「大安」の漬物そっくり。7の大根おろしは焼き魚料理で使った。8の大根ステーキは唯一の西洋料理。本を見て作った。イタリアンで大根をブイヨンで柔らかく煮込み、その後オリーブオイルで焼く。上にホタテを生ハムで包んで一緒にソテーしたものを乗せる。別に大根の葉とにんにくを炒めたソースで味付け。結構おいしい。昔、フレンチでこの大根の上にフォアグラを乗せたステーキを食べたことがあるが、家庭用ではホタテになっているようなもの。醤油味でないので飽きがこないで食べられた。
 この中でおいしい大根料理はどれだったかというと、ふろふき大根、おでん、聖護院大根の漬物の順か。僕はあまり素材をいじらない料理の方がおいしく感じられた。
 今年は大根の当たり年で、お陰で大根料理のレパートリーが増えた。
 もう今年は大根の旬は過ぎた。もうそれ程来ないだろう。来年また大根がたくさん来たときにまたいろいろ挑戦してみたいと思う。

 料理もアンプ造りも似たようなもの。ちょっと気を抜くと失敗する。でもうまく出来た時は、かなりうれしいものです。
 料理、真空管アンプは素材を活かしていろいろ楽しみたい。やはり手造りに限ります。







2008年3月11日

<コモンモードノイズと配線変更>
 我が家で使っているパワーとプリアンプの配線を変えた。それぞれ違う理由があった訳だが、今回それについて話をしよう。

 まずパワーアンプ(アダージョ)の配線を少し変更した。以前このコラムでも書いたが昨年真空管パワーアンプの一点アースの仕方について統一した。グランド線を幾つかのグループに分け、それらがお互いに悪影響しないように配線する技術を確立し、これを勝手にE.G.W法として名づけている。この時パワーアンプのグランド配線は音に大きく影響することが実感したので、さて次はバランスアンプが良いのではと考え、バランス型のパワーアンプの回路を設計していた。まだ動作させていないが、机上ではグランド基準となる増幅器がパワーの出力段だけであとのプリ・パワーの増幅段はすべてバランス入力のプラスとマイナス間だけで増幅しているので、グランドの影響はかなり少なくなるのではと考えていた。出力トランスもグランドに接地基準にせずフローティングにした。出力トランスの2次側の2つの出力を両方とも入力に逆位相で戻すようにしたのだが、これを考えたときふと、今のアンバランス型のアンプでもパワーアンプはバランス型のラインレシーバー(バランスをアンバランスに変えるアンプ)と同じと気づいた。ではそれで配線で何が変わったかというと、結論的には入力と出力のグランドを直結したことだ。アダージョは差動入力になっている。出力のプラス側は差動入力のマイナス側には直接戻っている。同じように出力のグランド側を差動入力のプラス側のグランドに直接戻した訳だ。こうするとアンプがバランス回路のように美しく働いてくれる。実はこのような配線は上杉氏(上杉研究所)のアンプなどに見られた。(差動入力ではないが)これまでその意味が分からなかった。このような配線は発振したとき不安定になるのではと心配していたのだ。しかし、今回実験してみたが安定性には問題ないようだし、回路的にも美しいし、音も良くなった。うるささが更に減った。私は理屈(屁理屈?)好きなので意味なく真似するのが嫌いだから、これまで見向きもしなかったのだが、先人たちもいろいろノウハウを持っているようだ。

 次はプリアンプの配線変更の話。私が使っているプリアンプはゲイン可変型にして使っている。特長は使用時でのSNが非常に良いことだ。真空管プリアンプなのにパワーアンプを繋げてスピーカーからシャーという音が聞こえてこない。しかし何故かごく僅かだがハム音が聞こえていた。スピーカーに耳をくっつけてやっと聞こえる程度だが、これでもプロのアンプ職人としては恥ずかしい出来上がりであった。昨年から気づいていたが、お客様のアンプの設計で時間が取れず、改善が引き伸ばしになっていた。やっとここにきて改善する気になった。ところが測定してみるとハムらしいノイズはない。きれいなホワイトノイズだけだ。
 何故聞こえるのだろう。最初はホワイトノイズが減ったのでその分真空管に飛びつくわずかなハム音が聞こえているのだろうと思っていた。しかし測定結果と合わない。そこで実験をした。プリアンプの出力をLチャネルだけ接続しノイズを確認したら、まったくハム音は出てこない。これで原因が分かった。今聞こえているハム音はコモンモードノイズ言われるハム音だった。LとRのグランド間のループによって発生するノイズだ。パワーアンプとプリアンプをL,Rのシールド線で繋ぐと、LRのグランド線で作られるループにトランスからのリーケージフラックスが飛び込んでいた。これまで測定は片チャネルずつしかノイズを確認していなかった。両チャネル同時に繋げて確認していなかったのだ。
 これは私のミスだ。両チャネルを繋げての測定で波形を確認したら案の定、整流電流と同じタイミングでノイズが乗っていた。ここまで分かれば対策は簡単だった。プリアンプのLRのグランド線をなるべくくっつけて撚り直した。これは恥ずかしい話だが、以前プリアンプの配線を変えたとき、実験的にいろいろいじっていてその処理をきちんとせず、長い線材を空中で丸めていたという大変お粗末なことをしていた。今回それを短くし、撚り線にした。結果は大変良好。まったくハム音はなくなった。測定でもリーケージフラックス波形は現れない。ステレオでのアンバランス回路では、LR間でコモンモードノイズに注意しなければならないが、今回は配線がいい加減でそれが原因だった。やはり真面目に配線しないととんでもない結果になってしまう。良い教訓を得られた。大変お粗末な結果であった。(人様にお造りするアンプは丁寧に配線しています。)

今回のパワーとプリの配線変更により音がどのように変わったかといえば、ダイナミックレンジが更に伸びた感じだ。小さな音から大きな音までのレンジが大きくなった。それで大きな音でも音に乱れがないので、うるさくない。むしろ静かなアンプになったと言えるかもしれない。

 改良後の配線はバランス型のアンプの効果を知る上でも意味のある実験になった。パワーもプリもコモンモードノイズに強くなったときの音の効果を確認することができたと思っている。巷で言われる真空管アンプとは次第に異なるアンプに進化している。







2008年3月1日

<2008AVフェスタ>
 2月25日(月)に久しぶりに2008AVフェスタを見てきた。今回で2度目の見学になる。一昔前だったらオーディオフェアーとなれば見学者が多く、各出展ブースもコンパニオンなど、かなり派手な展示が見られたものだが、最近のオーディオ業界の不景気からか次第に地味な存在になってしまった。
 このようなショー、展示会を見る目的は、私の場合製品・技術を知るというより、音を聴きに行くことをメインにしている。それは自分が作ったアンプの音が、その方向で良いのかどうかを知るためだ。個人事業のわがままな商売だから、人のことを気にする必要はないのだが、それでも独りよがりの製品ではあまりにも大人気ないし、成長がない。ある程度自分のポジションを知るためだ。その意味で言うと、AVフェスタはあまり音をじっくり聴かせてくれる展示会ではないので、これまであまり見学していなかった。
 月曜日の11時半ころ、会場に着き参加手続きをしたが、この時手続きをする客は私を含めたったの3人。何か寂しくなってしまった。会場はさすがにこんな人数ではなかったのでこの時は正直ホッとしたが、それでも会場が混んではなく、少し寂しい気持ちと、ゆっくりみられる安心感が交錯していた。最近のAVフェスタは昔ほど大手企業の派手な展示が少なく、むしろ小さな専門企業が多く展示している。これならハイエンドオーディオとあまり内容に変わりがないように感じた。
 展示で印象に残ったのが、デジタルドメインという会社。新たにオーディオ業界に参入したらしい。DCコンバーター、SITを使ったアンプなど今時珍しい昔のオーディオメーカーを感じさせる会社だった。私の印象では音が抜群に良いというものではないが、それでもSITを復活させての参入には拍手を送りたい。私が入社した30数年前にも縦型FETが売り出された時で、その時が懐かしく思われた。
 あと違った意味で印象に残ったのはソニーのデモだった。ソニーの新しいスピーカーによる音もすばらしかったが、それよりもデモの会場がすばらしかった。通常、音楽再生デモはスタジオ風な作りの会場で、時には明かりを落として音に集中して聴くようにセッティングされている。ところがソニーのデモ会場は正面(スピーカーの後ろ)が幅の広い窓ガラスになっていて、その景色が横浜港を一望できるようになっていた。右側にはベイブリッジを望み、海上には船が行き来している。すばらしい天候の下、めったに見られない景色の中で音楽再生デモが行われた。外が広く見えるようになっているので会場もかなり明るく、私はすっかり気分が高揚してしまった。音楽半分、景色半分の意識での音楽鑑賞だ。これまでこんな音楽鑑賞はまったく経験したことがない。なんと気持ちの良いものか。自然の中あるいは外界で音楽を聴く感じだ。音楽も気分良く聴ける。昼の時間はクラシックでゆったりと、夕方は夕日を見ながらジャズなどを聴いたら涙が出そうな気がする。

 音楽鑑賞は音楽そのものを一生懸命聴くことも時には必要だが、一方で気分転換のため、気持ちを切り替えるために聴くことも多い。そのとき、スタジオのような環境で聴くより、今回のソニーの会場のようにすばらしい景色をうまく活かして音楽鑑賞したほうがずっと楽しい。説明員が解説してくれたが、最初は窓のカーテンを閉めてデモを行う予定だったが、余りにも横浜港の景色がきれいだったので、音響的には良くないかもしれないが、この景色を活かしたデモにしたそうだ。私は大賛成である。音楽の楽しみはこのようなものであるから、気分が日常から離れられる演出はもっと取り込んでより音楽を楽しみたいものだ。
 技術や音で大きな収穫はなかったが、素晴らしい景色を見ながらの音楽鑑賞は異次元の音楽を味あわせてくれた日であった。

私はエンジニアであるが、いかにもマニアックなメカメカしい(機械的?)部屋はきらいだ。気持ちが落ち着かない。少し前は部屋に梅の盆栽を飾り、今はいただいた花を飾ってある。我が家の試聴部屋ももう少し片付けて、視覚的にも注意して、音楽鑑賞をしてみよう。


 4年前植木屋さんからいただいた梅の盆栽。一度枯らしそうになったが、剪定、肥料、水遣り、日当たりなど世話をしたらまたたくさんの梅の花が復活してくれた。
せっかく親方が育ててくれたものを粗末にはできない。私も職人の端くれだからだ。








2008年2月21日

<6BM8pp(UL)U>
 6BM8pp(UL)プリメインアンプを今設計・製作している。昨年夏に同じ真空管のアンプを設計して以来2作目に当たる。第一作目のアンプは現在お客様のところで使われている。先月お客様からこのアンプについてメールをいただいた。オーディオ仲間たちと他のデジタルアンプとの比較試聴に使われたそうだ。メールによれば私のアンプの評価は上々で、アンプの内容の分かる方からプロの設計との感想を持たれたとのお便りをいただいた。聴感上のSNが大変良いとの印象だそうで、私の設計方針である外乱に強いアンプが評価されたのはうれしいことだ。

 さてこの6BM8の使いやすさ、性能の良さを活かしながら、以前このコラムで載せたことのある反転型プリアンプと組み合わせたアンプを計画し、今回よりSNの良いプリメインアンプにトライした。1作目のアンプも良かったがさらに性能のアップを狙ったものだ。複合管6BM8の低内部抵抗と実用状態でSNの良いプリアンプと組み合わせれば、球数が少なくて更に音の良いアンプが出来るとふんでいた。今回のアンプもお客様からのオーダーメイドのアンプなので本格的に設計を進めていた。機構設計、回路設計を済ませ、シャーシー加工も施し、配線も済ませ、特性を測る段階まで進んだ。プリアンプ部は以前実験で特性を測っていたので、おおよその見当はついていたが、パワーアンプ部は6BM8 2本だけでパワー部を構成しても何とかなるものと思って設計を進めていた。ところが測定してみるとパワーアンプの出力インピーダンスが思ったほど下がらない。つまりD.F(ダンピングファクター)が思ったほど上がらない。NFBは11dB程度確保出来たが、実際に測定したD.Fは10以下だ。雑誌なんどで紹介されている真空管アンプならこれで問題ないのだが、私の場合これでは満足しない。これまで設計してきた真空管アンプはほとんどD.Fは20以上で10以下では私のアンプの設計流儀に合わない。これは現代スピーカーをドライブするには低内部抵抗のアンプが必要であると思っているからだ。いろいろアンプの裸ゲインを上げる方策をしてみたが、球数に限度がありこれ以上は裸ゲインが上げられず特性の向上はこれ以上望めないと思われた。そこで私はこの新しいアンプ回路を第1作目の回路に戻すことを決断した。

 せっかく配線まで済んだのに、D.Fが小さいという理由だけで音も聴かずに設計変更した。私にとって自分の設計流儀を満足させることが出来ないなら、第1作目を上回る音は得られないと思ったからだ。ただし今回の変更では、第1作目以降に得られた配線法(E.G.W法)と電源強化の回路改善は施している。これにより1作目より低音の量、伸びが改善され6BM8でこんな音がするのかと思われるところまできている。今回欲張って1作目よりさらにSNの改善を試みたが、他の特性が犠牲になったのでは意味がなく、真空管数に限りがありその試みを今回は諦めることにした。真空管数を増やせば特性は向上するが、それでは値段も上がってしまう。値段は上げずに性能を上げる試みをしたが結果はうまくいかなかった。少し欲張りすぎたようだ。

 プリメインアンプというのは以外と難しい。ただハイゲインのパワーアンプにボリュームを付ければ良いというものでなく、高SN、低出力インピーダンス、ハイゲインを満足する性能で、できる限り少数の真空管で作らなければならないからだ。プリメインアンプというのはプリとメインを一体化して、更にそれらを合わせた価格より安くするのが本来の目的であるので、使いやすさと価格、音質が程よいバランスになっていなければならない。

私がこのようにいくつかの特性にこだわりを持って設計しているのは、何種類ものアンプを設計していると、そこに普遍と思われる性能と音の関係が見えてくる。どの性能が音に影響してくるのかが少しずつ見えてくる。すべてが分かっているわけではないが、押さえどころが分かってくる。だから種類の異なる真空管を使ってもある程度MYプロダクツサウンドというのが再現される。実際私はあるアンプで得られた技術をいろんなアンプで試していて、その効果を確認している。だからあるアンプを設計しても半年も過ぎると改良が行われていて、多いお客様では4,5回のバージョンアップが行われている。

私のアンプはオーダーメイドが多い。改良が多いので同じアンプを作ったことがない。これは私の性格に合っていると思っている。サラリーマン時代、開発での仕事が長かったせいか、1つが出来上がると次のテーマに挑戦したくなる。真空管アンプも同様で、同じアンプをつくり続けるのは私の性分に合わない。いつも何か改良出来ないかと考えている。だから今回のようなことも起こる。でもまた次の挑戦だ。


実をいうと、前々回のコラムに載せた写真のアンプがこの6BM8のアンプなのです。ですから今は前の写真の回路とは異なっています。
 現在良い音で鳴っています。お客様の評価が楽しみです。
 真空管アンプでは珍しく、ケースで覆われたデザインになっています。(天板を外した写真です。)








2008年2月11日

<私のアンプ設計・製作法U>

電気回路・メカ設計については前回のコラムで説明した。その後の作業を今回述べてみよう。

設計が終わると、次は製作に取り掛かる。まずはシャーシー加工から。シャーシーはアルミ製でここに正確な寸法の穴あけ加工が必要となる。私の場合、伊東屋で売っている厚紙の方眼紙に穴位置の図面を記入する。この方眼紙は1mmピッチで書かれていて、穴位置は0.5mmの精度の寸法で穴位置を記入する。その厚紙を正確にアルミ板に貼り付け、そのケガキに沿って穴を開けていく。4mmまでは普通のドリル、6mm以上はホールソーを使用する。道具はボール盤を使う。最近穴あけ技術も上がってきて、結構正確な位置に穴あけできるようになった。この方眼紙を使った穴あけはケガキな楽なのと、加工中、方眼紙がアルミ板の保護となって働き、パネル面のキズ付けが少なくなる利点を持っている。大きいシャーシーの時は中央部の穴がボール盤の腕の長さでは届かなくなるときがあり、そのときはシャーシーパンチで手作業での穴あけとなる。いずれにせよこの穴あけは緊張する。寸法を正確にするのと、キズを付けないようにしなければならない。これも職人技が必要となる。穴あけ後に方眼紙を剥がし、穴のバリ取り、アルコールでの洗浄などが続き、メカ加工が完成する。今回の加工では新しくパネルの文字入れをした。初めてのインスタントレタリングでの文字入れだ。今回ここに少し工夫を入れた。文字がきれいに並ぶように、鉛筆で文字以外の場所に補助線を記入し、それを目当てに文字を貼り付けた。これで結構きれいに文字が並んだ。その後この補助線は消しゴムで消去した。
 シャーシー加工が済むと、部品取り付けをする。加工技術が取り付け精度を左右する。ガタがないか、干渉がないかなど確認する。

部品が取り付くと今度は配線になる。基板配線やシャーシー上の配線はあらかじめ図面上で接続図を作ってあるので、それを参考にしながら配線をしていく。この作業は図面のお陰でスムーズに運ぶ。考えながら配線するよりきれいにいく。ここで私の特別な半田作業をお教えしよう。半田作業といっても意外とここでパネルなどにキズを付けるものである。半田ごてやドライバー、ピンセットなどをシャーシーにぶつけてキズをつける。そこで私の場合、穴あけ作業で使用した方眼紙をまたパネルなどに簡単に貼り、これを養生として利用する。だからパネルなどの化粧面はいつもキズから守られるようにしてある。更に、作業中道具は必ず片手で一つしか持たない。二つ持つ(コテとドライバーなど)と必ずぶつける。こういう考慮も職人技の一つだ。

配線後はまず目視で配線をチェックする。特にコンデンサーの極性は間違っていないかを確認する。その後電源を入れることになるが、ここでは必ずスライダックを使用して、徐々に電圧を上げ、異常電圧がないかを常に確認しながら上げていく。真空管も一つずつ挿入して同じように確認する。動作点が正常になっていたら、出力間のバイアスを調整し、動作を確認する。このときトランジスターなど温度も簡単に確認する。一番簡単なのは電源OFF直後に手で触ることである。触れられる位の熱さなら問題なし。最終的にはテスターで温度は測る。さて動作が正常に動いていることが確認出来たら、次は発振対策だ。この定数だけは計算では出しにくいので、実際発振かどうかをモニターしながら定数を決める。特に容量負荷時の発振を見る。発振対策が終わったら今度は電気特性を測定する。自分が希望する特性に近いかを見ている。ここで定数を変更して性能を上げる場合もある。真空管のばらつき補正や新規回路の場合はここで性能アップすることが多い。私はこの特性測定が好きな時間だ。これでどんな音になるかを想像しながら測定している。特性がほぼ満足できたら、ここでやっと試聴に入る。ノイズ、歪、音質など実用状態で問題ないかを確認している。自分がイメージした音が出ていない場合はここでまた時間が取られる。一番大変なところだ。大体ここはこれで終わりということはない。いつもこれで大丈夫かなと幾分心配しながら仕上げている。ここまで来るのに、設計依頼されてから1〜1.5ヶ月位かかる。

これが私の設計法です。このように私の真空管アンプは実際お客様に届くまでに結構大変な作業をして、また職人技が必要なのです。また自分のこだわりを満足させるのも一苦労するのです。

こんなことで儲かるのかなあ?





2008年2月1日

<私のアンプ設計・製作法T>

昨年末から新しいアンプの製作に取り組んでいる。私に注文されるお客様はほとんどがオーダーメイドのご要求で、お客様のご要求を聞いてから設計する。だからこれまでほとんど同じアンプがなく、新規設計になる。お客様はご自身のご要求に合ったアンプが出来るので、それは世界唯一の物となるが、設計・製作する方にとってこれは大変緊張を強いる作業となる。その理由は新規設計をミスなく一発で仕上げなければならないからだ。これが私にとっては職人芸が必要と考えるところで、やり直しがきかない作業をコツコツと積み上げていき、最後に満足していただける形や音に到達させていく。この作業というのは大量生産の商品とは異なり、私にとっては大変なことだが、それが商品価値を産むものと考えている。

 さてこのような作業をどのように進めているかを少しここでご紹介しよう。まず、最初ご要求を聞き、それに合ったアンプの仕様と見積もりを提出する。ここで合意されたら実際にアンプの設計に取り掛かる。実際には見積もり時点でほぼ大まかの回路図はできている。そうしないとコストが計算できないからだが、その後さらに詳細を詰めていく。私が使う回路図ソフトは水魚堂とか言う無料ソフトを使用している。これは真空管のライブラリーもあるし、基板設計ソフトもあるし、回路図から部品リストへの変換もしてくれるので重宝している。回路はどのように決めるかは、ある程度私のアンプ設計の流儀がありそれに沿って設計する。例えば低出力インピーダンス化、定電圧電源、差動増幅器(ppの場合)などこれらははずさない。アンプの仕様により真空管やトランスなどが最初に決められ、回路を設計していく。回路も実績のある回路を当然使用するが、新しいアイデアが出るとそれを搭載することもある。これは私の好みでするところある。実は今設計しているアンプも新しい回路で造っている。実際どんな音になるかは分からないが、予備実験回路で凡その検討はしてあり、こんな特性のアンプにしようと設計しているので、大体の音の様子は想像でき、その音に向けて仕上げていく。この回路設計で良い音に仕上げるのがまず電気屋の職人芸の見せ所で、これまでの経験と知識がものを言う。

 回路はこのように決められていくが、次に難関なのでシャーシー設計と加工だ。私の場合シャーシー加工は外部に出さず、私自身が設計・加工している。このメカ設計も一発勝負の作業だ。設計を間違って後加工が難しいからだ。設計ミスだけでなく、加工時の傷などもあるので、作業自体もかなり緊張したものとなる。メカ図面は最初、総組図のようなものを描く。私は機械が専門ではないので正式な図面は書けないが、自分だけが分かる図面を書いている。シャーシーの上面からと側面からの図を描く。回路規模、トランスの大きさなどから、まずシャーシーを選ぶ。私が主に使用しているシャーシーはタカチ電気工業かリードのケースを使う。図面上でトランス、真空管などを書いていき、まずはおおよそ部品が乗せられるかを検討する。それでシャーシーが決まったらもっと詳細に図面を書いていく。穴あけ位置、部品の干渉などを確認するため必要な部品の外形寸法も書き込んでいく。部品の干渉(ぶつかり)は確認しないと、後で大変なことになる。私の場合この時点でおおよその配線も検討する。電気回路はただ繋げれば良いというものではない。配線が性能に大きく影響するからである。

 基板に配線する回路は別図面上でマウント図を検討し、真空管ソケット周りの配線も別の図面で実体配線図のようなものも描く。全回路がこのシャーシーに収まるかを確認するためである。これをしないと後でラグ板(配線の中継に使う端子)を立てなければならなかったり、組み立て途中で後加工が生じ、傷の原因になったり、デザイン的にも悪さをする場合がある。またラグ板は何ピンを使うかもはっきりさせる。部品が干渉したり、汚い配線にならないためだし、また部品の仕入れでもはっきりすることが必要だからだ。
 通常、メーカーでは試作を繰り返すので、試作時には少々間違っても最終的に直せば良いという考え方になるが、私の場合試作はなしで、正に一発勝負の製作なので、図面上での検討は念入りにしている。これが今度はメカ屋の職人芸が必要とするところである。



次回へ続く。


 現在製作中のアンプ配線途中の様子。新しい回路で設計していて、ここまでくるまでにひと月以上の時間が経っています。
最初、頭に描いた内容が次第に形として組み上がってきています。でもどんな音になるかが最終商品の価値です。商品の完成度はこれからです。









2008年1月21日

<西荻>

東京に住んでいる人には西荻で通るが、正式には西荻窪のこと。中央線で新宿から電車で15分程度の距離にある。西荻は格別の思いがある。昨年の話で恐縮だがこの西荻でオーディオ仲間と忘年会を行ったのだが、実を言うと私が初めて東京に出てきて、学生時代に4年間住んでいたところで、私にとっては大変思い出のある場所なのだ。千葉の田舎から出てきて初めて親と離れて暮らし、東京という大都会に住んで、あの若かった時代が大変懐かしい。本当にまったくの田舎者が若さに任せて社会に一人で溶け込んでいたあの時代。
 高校生時代に自作した6RA8のアンプ、コーラルのスピーカーを使った自作スピーカー、改造した糸ドライブのプレーヤーなどを狭いアパートに持ち込み悦に入っていたあのころ。今のこの職業などはまったく夢にも思わなかったのだが、当時お金はないがまったくそれで気が滅入ることなく、友達とばかなことをしながら楽しく生活していた。そんな思い出がたくさん詰まっている学生時代の拠点が西荻なのだ。だから西荻にいくと急に学生時代の思い出がよみがえる。その西荻で忘年会が行われた。

このオーディオ仲間たちが皆さん西荻、三鷹にお住まいなので私がそちらに出かけていった訳だが、今回はこのオーディオ仲間の一人が博士号を取得されたので、そのお祝いも兼ねて行われた。この方、本職はJAXA(宇宙航空研究開発機構)でロケットの超音速での風洞実験がご専門であり、今回それで博士号を取られたが、趣味では真空管アンプキットを作られたり、スピーカーボックスを自作されたりして、超ハイテクとローテク(?)が同居されている面白い方である。その職場のお仲間もやはりオーディオが趣味のようで、こんな難しい仕事をしている人たちがオーディオ仲間にいるのも、趣味の世界でのつながりは面白い。その仲間たちと昨年暮は西荻をちょっと探索して楽しんだ。

最初、生ピアノが楽しめる喫茶店からツアーが始まった。そこはピアノが置かれており、小さな店だが、生ピアノが楽しめるのを売りにしている店だった。次は骨董点だ。今、西荻と言えば骨董店が有名になっている。私が住んでいた時代には無かったが、今はかなりの数の骨董店がある。その一人のオーナーがまたオーディオ好きな方で、その方の店にもお邪魔した。そこは主に時計を扱っている。骨董時計と真空管アンプも何かの繋がりがあるのかも知れない。この店の柱時計などをみると私の子供時代の懐かしい形の時計なども置かれており、あんな古びた形の時計が商売になるとは昔には到底思いも寄らなかったものだ。この街の散策は楽しい。飲み屋・飲食店はたくさんありどこでも安くてうまそうな店ばかりだ。学生時代、金があると食べていたおいしいとんかつ屋さんは店じまいしており残念だった。ご主人が高齢で最近閉じたらしい。昔はここのとんかつが今の三ツ星レストランほどに美味く感じられたものだが、その味はどうだったのか、また食べてみたかった。宴会の後はジャズバーに案内していただいた。アナログディスクのジャズをJBL4312で鳴らしていた。当然昔のプレーヤーのジャズなのだが、若い人も混じっていて、心地よい雰囲気をかもし出していた。音には若干不満があったが、酒の上での音楽はこれで十分か。

西荻はいいなあと思う。歴史にこなれた雰囲気というものがある。以前本で読んだことがあるが、<人の集まる街というのは、少しばかりの猥雑さが必要だ>と書いてあったのを覚えている。西荻は歓楽街ではないが、静かに大人が楽しめる雰囲気がある。骨董屋にしても、飲み屋にしても大人が一人で静かに楽しめる街だ。一坪程度の飲み屋街など、きれいな外見ではないが、温かみが感じられる。

横浜のわが街は団地とスーパーだけで飲み屋、レストラン、お惣菜屋などが少なくまったく魅力に欠ける。地元でゆったりと楽しめる場所が少ないからだ。夜の明かり、賑わいがなく、何か街がきれい過ぎて遊びがないように感じられる。今朝も地元の手打ち蕎麦屋が今月で閉店するという。残念でならない。

私は夫婦が歳を取ったら、毎日の食事は近所の食べ物屋を渡り歩いてみたい希望があるが、いつかわが街能見台も大人がゆっくり楽しめる魅力ある街になって欲しいと願っている。







2008年1月11日

<新年に思うこと>

 昨年末から新年にかけ小さな喜びを感じている。
 昨年12月に納入したアンプのお客様からの年賀状で、音楽を聴く喜びが書かれていて製作者としてもこんなうれしいことはない。この方はアマチュアオーケストラでオーボエを演奏されている方なので、私もアンプ製作に際してはその結果がどのように受け止められるか大いに気になっていたところだが、「きれいな音で長く聴いても飽きない」とのコメントをいただきホッとしている。また別のお客様にはアンプ改造をし、こちらもクラシック音楽が大分良くなったとのこと。これらのアンプは新しい配線法(E.G.W)と電源強化をしたモデルで、自分の技術がまた向上できたと実感でき、新年早々うれしい便りであった。また別のお客様からもアンプ注文が入り、新しい回路で設計している。これも結果が楽しみだし、さらに面白いことに新年に秋葉原に部品の仕入れに行ったら、2軒のお店で部品代をサービスしていただけた。いつも購入する店はほぼ決まっているのだが、こちらの素性は話していないし、おしゃべりをする訳でもないのに顔を覚えてくれており、私を応援してくれるかのようにサービスをしていただいた。これも私にとってうれしい出来事であった。このようなダイレクトな反応というのは一人で仕事をしている特権でうれしいものだ。

 正月のTV番組でNHKの<プロフェショナル>という番組の中で、野球のイチロー選手と三ツ星寿司職人の数寄屋橋次郎さんが放送されていた。最近はこの手の職人さんの気持ちが少し分かるようになってきた。こういう一流の職人芸を持つ人に共通する資質というのは仕事で常に上を目指していて、なかなか自分で満足しないで、長く努力を続けられる人だ。そこにはトレンドとかマーケッティングとかビジネス戦略とかがある訳ではなく、ひたすらに仕事の質の向上を目指していて、後で人様がその結果を認めている。またその努力というのが内容にも謙虚で粘り強く何かを追いかけている姿がある。イチロー選手は昨年の成績はやっと技術が精神力を克服したと言う。精神力だけでは成績は残せないという。そのために努力をしている。将棋の羽生さんは上を目指して継続して努力できることが自分の最大の能力だとも言う。最近の調査によると好きな言葉で努力という言葉が大分落ちてきて人気がないそうだ。努力というと何か暗いイメージになるからかもしれないが、すぐに結果を欲しがる現代では、何かを突き詰めてみるという姿勢は重要ではないだろうか。私も独立して今は真空管アンプ職人を目指しているが、この突き詰めてみたい、人様に喜んでもらいたいというそれだけで仕事をしている。

 私の仕事にはビジネス本も日経新聞もトレンドもない。サラリーマン時代もこの手の情報はあまり好きではなかったが、今の立場で情報誌を見ると如何にサラリーマン的内容が多いかに気がつく。情報があればビジネスがうまくいく、人様が認めてくれると言うのか。職人がレベルアップする内容などひとつもない。
 昨年末、女房が仕事である三ツ星レストランのシェフと一緒に仕事をしたら、すばらしい人物だったそうだ。とにかくいろいろなことに大変よく気が届き、内容もすばらしい提案をされるそうだ。やはり一流職人というは、上辺だけでない深い知識と内容を持っていたそうだ。普段から何が本質かを考えているのだろう、これらはイチロー選手や次郎さんと同じであろう。
 
 
新年から話が少し重くなってしまったが、職人を目指す私にとっては大変参考になったので書いてみた。仕事とはと言っても人さまざまではあるが、個人事業の世界は私のサラリーマン時代とは異なる世界で、それなりに大変だが人生の中でこのような経験をするのはまた面白いものだと思う。

 久しぶりに友人・知人に会うと「商売うまくいっている?」「儲かっている?」と聞かれるのがもっともつらい。私は負け惜しみで職人を目指しているのだから。








2008年1月1日

<謹賀新年>

 明けましておめでとうございます。
  今年もよろしくお願いいたします。

 新年が明けました。新年が明けたからと言っても、特に自分の中で何かが変わるものではありませんが、1年を振り返り、自分の成長を見つめるということで意味があるように思います。

 今年もまた新しいチャレンジを試みて、真空管アンプの世界でも何か得るものがあればと思っています。そしてその技術が人様の音楽鑑賞という、人生の中のささやかな行為にでもお役に立てればと思っています。

 今年もコラム、よろしくお願いいたします。

皆様のご健康をお祈りいたします。






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