手造り真空管アンプの店




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店主コラム 2008年4月分〜6月分






2008年6月21日

<世界経済の変調>
 最近、経済がおかしい。ガソリン価格は異常に高いし、パンやビールなど食料品も値上がっている。先日バターを買おうとスーパーで探したらまったく無かった。いろいろなことがこれまで経験したことのない異常な状態になっている。この原因はいろいろあろうが、アメリカのサブプライム問題に端を発した投資の変化、中国・インドなどの急成長による原材料の不足・高騰、地球温暖化によるバイオ燃料の増加など、さまざまな要因が世界を駆け巡りいろいろな国で経済に変調が兆しているように感ずる。海外では食料問題やガソリン価格の高騰で庶民や運送業者がストをしているようだ。

こんな経済状況は真空管アンプ製作にも少なからず影響しているように思える。今設計しているアンプはタンゴ(現ISO)のトランスを採用する予定で回路を設計した。性能や価格などを考慮し部品を決めていく中で、今回はタンゴのトランスを採用することになった。お客様との見積もりも合意され、実際に設計に入り部品を購入していった。ところがこのタンゴのトランスの在庫が無いということで、予約を入れ納入を待つことになった。シャーシー加工やトランス以外の配線などを先に済ませ、通常とは段取りを変えトランス入荷の遅れの影響をなるべく受けないように作業を進めていた。ところがひと月近くも待ったのに電源・出力トランスが両方とも入らない。こんなことは今まで経験したことがない。店に在庫が無くても2,3日すれば店に入荷し、直ぐにこちらも入手出来るので、部品集めで時間を取ることはほとんど無かった。今回は異常な時間のロスになってしまった。
 結局電源トランスはやっと入荷したのでそれは最初のお店から購入したが、出力トランスは別のお店で探し、運良く2個の在庫がありそこから購入することとなった。最初の注文からほぼひと月の時間が経ってしまった。

何故こんなに生産が遅いのかは良く分からない。お店の方もうまく説明出来ていない。どうも材料が高騰し、鋼材も不足しているのも一つの原因。またこの材料の高騰でトランス価格も値上がり、そのため生産台数が落ちているが、生産キャパが十分でなく、多品種少量生産を少ない人数で生産しているので、すべての品種が揃わず機種によっては次の生産までにかなりの時間が必要となっているなど原因はいろいろあるようだ。それにしてもひと月も待っても入荷しないとはこれは異常と言わざるを得ない。このような小規模の生産ではライン切り替えに時間がかかるとは思えず、他に大きな原因があるように思える。

真空管アンプも次第に部品の入手が厳しくなっている。高耐圧のブロック型電解コンデンサーは国内では生産しなくなったのは久しいし、リードが両端にある横型の電解コンデンサーも生産中止になっている。またユーゴの真空管メーカーも今年生産を止めた。私は中古の真空管を余り使わず、現在生産している東欧・ロシア・中国製の真空管を使うがその一つが無くなると選択肢が減ってしまう。真空管アンプを設計・製造するのに次第に逆風が吹いている感じだ。
 今は世界経済がどこの国にも影響している。真空管アンプの製作にも世界経済の影響が少なからず受けていると感じる今日この頃である。








2008年6月11日

<電源回路のブロック化>

ここ4年ほど真空管アンプを本格的に設計してきて、アンプはどのように設計したらよいかが少しずつ分かってきた。すべて分かっているとは当然言わないが、オーディオアンプとしての性能はどのようなものが必要かが分かってくる。私の設計するアンプは特殊な高価な部品は使用しない。それは部品で音が変わることは分かるが、それがアンプの本質であるかが疑問であるからだ。もっと普遍的で音に本質的に影響する設計方法を模索している。だから、真空管の性能、回路構成、動作点の選び方、配線方法などアナログ回路のさまざまな問題点をオーディオアンプではどのように設計したら良い音になるのだろうと思いながら検討してきた。アナログ回路は回路方式だけでは決まらない。実際の定数の選び方や配線まで含め、実動状態にて如何に理想状態で動作させるかが問題である。

今設計しているアンプは今度電源回路について新しい考え方を導入した。私の設計するアンプは実はアンプ回路そのものよりも周りの電源回路の部品点数のほうが圧倒的に多い。その理由は、オーディオアンプはいろいろな外乱に対して強くすることが重要と考えているからだが、高級になればなるほどこの電源の規模が大きくなっている。電源回路が大きくなると実際の回路では配線などが長くなり、こんどはこれも必ずしも理想とは言えなくなってくる。そこで今回はこの電源回路をコンパクトな電源ブロックにまとめるレイアウト方法を考案した。以前設計したアンプでこのアイデアの元となるアンプを設計したが、今回これを更に進化させたものだ。

写真をみての通り、アンプの電源部がすべて一つのブロックにまとめあげられている。内容は3つの整流回路、1つのリップルフィルター、6つの定電圧電源、1つのバイアス調整回路がひとつのブロックに固められている。こんな豪華な電源回路を持つ真空管アンプは少ないと思う。このブロックをアンプの中央に配置し、その左右に真空管アンプ回路を配置する構造だ。こうすると電源回路自身もコンパクトになり、またアンプ回路への配線も短くて、左右同じ長さで配線できるので都合が良い。またアンプ回路が電源回路を挟んで配置されるので左右のセパレーションもよくなることが期待できる。最初の方にも書いたがアナログ回路というのは実際の動作がどうかが重要であり、配線や配置でも性能が変わる。回路方式や出力管だけを論じて、性能が良いと言っているのではアナログ回路の本質を見失ってしまう。

まだ完成していないので大きなことは言えないが、しかし理想に近いレイアウトができたと思っている。これまで真空管の選択、回路方式、動作点、NFB、電源、出力インピーダンス、配線、といろいろ検討を加えてきたが、今回電源回路のレイアウトの部分で進化が感じられる方式が生み出されたと思っている。今後の設計の一つの標準となるだろう。
 完成後の性能、音が楽しみだ。





 ブロックの内部は電解ブロックコンデンサーとリップルフィルター用トランジスターとヒートシンクが配置されている。周りは6つの定電圧電源、バイアス調整回路などが基板にマウントされている。
 こんな豪華な電源回路は真空管アンプでは珍しいだろう。アダージョにも同様な定電圧電源が使われている。








2008年6月1日

<プロの技>
 5月10日に通例になったコーヒーとカレーの店<アステカ>で音楽ライブがあった。今回はかなり楽しみにしていた企画だった。出演者は<MAPLE SUGAR>という女性3人のコーラスグループだ。このグループ今回この企画のために作られたコーラスグループで普段はこのトリオでは活動していないらしい。ところがこの3人はそれぞれこれまでバックコーラスとして素晴らしい活動をしてきた経歴の持ち主なのだ。
 染谷由紀乃さん、中野美砂子さん、名取由加里さんの3人で経歴が凄い。有名歌手と主にポップス、ロック、ソウル系のバックコーラスとして共演し、多くのショーやTVの<ミュージックフェアー>などにも出演されている1級のバックコーラスのミュージッシャンなのだ。私などはこの企画を聞いたとたんにもう期待が高まり、コンサートが待ち遠しく感じられたくらいだ。また染谷さんとは以前、中村祐介さんのコンサートで偶然隣合わせに座ることになり、小声でハーモニーを付けて下さったり、お話も出来たのでどんなステージを聞かせていただけるかも大きな楽しみでもあった。
 当日は他にピアノの丸尾めぐみさんも参加された。我々夫婦はマスターの計らいで、ステージの最前列に座ることができ、直に彼らのパフォーマンスを聴くことができた。曲目は多くは覚えていないが、ソウル、ジャズ、ロック、ポピュラーなどいろいろ聴かせてくれた。<Don’t let me down>とか<You’ve got a friend>などを演奏された。
 とにかくパワフルでうまい。期待していたとおりのすばらしいコーラスだった。この日のためのグループにもかかわらず、それでも素晴らしいコンビネーションでハーモニーを付けてくれた。大きな音でも小さな音でも声は通るし音程がぶれない。こちらも楽しくまた心配なく聴ける。この3人、今はステージ以外では生徒さんにボーカルを教えているらしい。そのくらい技術を持った人のパフォーマンスというのは感動する。女房などは3人の立つ姿勢からして違うと言っていた。(マスターの奥様も同様のことを言っておられたらしい)基礎が違うということだ。

 演奏が終わった後はすっきりしたというのが私の印象だ。このことを名取さんにお話したら喜んでくれた。演奏に不満が何も無かったということだ。こんな経験も少ない。この演奏を聴きに来られたお客様は皆感動したようで、マスターにはまたこの3人を呼んで欲しいとリクエストされているようだ。

本物のプロの技術はすばらしい。私のアンプもプロの設計と言われたことが一度あるが、それでもこの3人には到底まだ及ばない。歌を通して、表面的なことでなく裏打ちされた技術・自信が聞き手に安心感を与えてくれる。このパフォーマンスの裏側にある技術が重要なのだろう。

真空管アンプの設計のプロとは何なのだろう。真空管アンプで人を感動させるとはどういうことなのだろう。また問題が生じてしまった。


 MYプロダクツのアンプも一度プロの仕事と言われたことがある。
 あるオーディオマニアがMYプロダクツのアンプについての試聴の様子を今あるサイトに載せている。前回ご紹介したサイト<ぽこあぽこ>だ。
人様をもっと感動させるアンプを造りたいものだ。







2008年5月21日

<歴史小説とグーグルアース>
 最近、塩野七生著<コンスタンチノープルの陥落>を読んだ。以前読んだことがあったのだが、同著<ルネサンスとは何であったか>を読み終わったら、この<コンスタンチノープル>がまた読み返したくなってしまった。ただ今回前と違った本の楽しみ方を見つけたのでちょっと紹介したい。

 コンスタンチノープルとは今のイスタンブールでトルコ領に属するが、15世紀まではビザンチン帝国の首都であった。この物語はこのコンスタンチノープルが当時のトルコのマホメッドU世によって陥落されるところが描かれている。当時コンスタンチノープルの回りはほとんどマホメッド2世によって領地はトルコ領になっていたが、コンスタンチノープルは海と、また陸は強固な城壁によって守られていた。海上は当時地中海を支配していたヴェネチア人やジェノバ人によって守られ、陸地は城壁に守られていたようだ。だから1100年ものあいだビザンチン帝国の首都として君臨していた。ところが騎馬民族であるトルコ人のマホメッドU世により難攻不落と言われていたこの城壁が破られ、1100年のビザンチン帝国の歴史が閉じられることになる。本ではこの城壁攻撃が大きなポイントとして描かれており、城壁の図や当時の城壁の位置なども描かれている。
 城壁の規模はすごく、2重の城壁になっていて、内城壁は高さ17メートル、幅5メートル、ほぼ40メートルの間隔で高さ20メートル、幅10メートルの塔が建てられ、内城壁の外側には5メートルの通路をはさんで外城壁があり、これも高さ10メートル、幅3メートルもあり、これにも40メートル毎に高さ15メートル、幅6メートルもある塔が建てられていた。またその外側には幅20メートルもある外堀が張り巡らされていて、この城壁の長さは合計21キロメートルにも及んでいた。こんな規模の城壁がコンスタンチノープルを守っていたが、マホメッドU世は大きな大砲を開発しこの城壁を打ち砕くことになる。これ以降戦術が変わり中世の騎士の出番は無くなってきたほど、画期的な戦術だったようだ。

 私は本を読んだ後、実際のイスタンブールを見たくなった。本では説明されているが城壁のイメージが十分に沸かない。そこでグーグルアースで見られないかと思ってイスタンブールを見たら、この城壁がまだ今でもあることが分かった。グーグルアースは航空写真だけでなく、高度データも備えていて鳥瞰図も見られる。斜め上空から(地表0度から90度まで変えられる)の景色もみられ、あたかも鳥が上空を飛びながら、この城壁上空を移動しながら見ることが出来た。画面は荒いので詳細な上空からの絵にはならないが、そこには地上からの写真も添付されているので、城壁の写真はたくさん見られた。それは塩野七生の説明と同じ写真が見られ、今でもこの城壁が残っていることが分かり感激した。昔外堀だったところは今は道路になっていることも分かった。これは面白い。その他物語に出てくる建物もグーグルアースでは3D画面で見られるようになっていて、さらに楽しんだ。
 実はこのグーグルアースは5月の連休までは知らなかった。先輩のお宅にお邪魔したときに教えていただいた。上空からの写真は知っていたが、地形が立体的に見られることは知らなかった。その時アルプスの山々をグーグルアースで見たが、その時も感激した。
 グーグルは素晴らしい。検索を地球の地形に応用した発想・技術が素晴らしい。まだ使い方は良く分かっていない。でも歴史本、旅の本と一緒にグーグルアースを使うと新しい楽しみ方が出来そうだ。実際そこに行けなくても地形と写真があればかなりその雰囲気は知ることができる。本当に凄いソフトだ。

コンスタンチノープルが陥落したのは、1453年5月29日だそうだ。きっと555年前の今ごろは、あと1週間程で1100年に渡ったビザンチン帝国が崩壊するとは誰も信じなかっただろう。



リンク集に新しいリンク先が追加されました。良かったら見てください。







2008年5月11日

<5月5日は音楽の日>
 5月5日は世間では子供の日だが、今年の5月5日は私にとっては音楽の日になった。
 5月の連休、有楽町・国際フォーラムで<ラ・フォル・ジュルネ>が開催されていて、それに初めて参加した。これはクラシック音楽祭で400ものコンサートが予定されている。今年はシューベルト特集だったので、<アルペジョーネ・ソナタ>を聴きたいと思いチケットを手に入れた。CDでは<マイスキー&アルゲリッチ>盤を愛聴しているが、生でまだ聴いたことがない。演奏は<マルケット&エンゲラー>というフランスの演奏家だった。このコンサートは朝の10:15から始まる。こんな朝早くから生演奏を聴くのは初めてだ。他の会場でも同じような時間にプログラムが用意されているので、会場周辺はこの時間でもすでに人が多く、日本人もクラシック好きな方が多いなあと感じながら会場に入った。会場は本来会議場であるから音響的には優れた会場ではない。音質がいささか心配されたが、思っていたより残響が少なくピアノ・チェロとも音が良く聴こえた。朝のプログラムとしてはアンサンブルで良かった。午前中からまだオーケストラを聴く気分ではない。演奏が始まるとやはりプロは素晴らしい。チェロはいろいろな音色を出してくれる。やさしい音、力強い音、はぎれの良い音、ビブラートの違い、消えていく音など生ではさまざまなテクニックで音を楽しませてくれる。これらを瞬間的に切り替えて表現してくれる。オーケストラではないので、演奏者の細かな表現までこちらに良く伝わってくる。こちらの呼吸も演奏者と合わせてしまう。少し離れたところで小学生が聴いていた。身なりはTシャツ姿だが、身を乗り出して聴いている。こんな姿を見るとこちらがうれしくなってしまう。きっとこの子は将来、音楽関係になるか、音楽好きになるか、オーディオ好きになるかを想像しながら、この子を見て楽しんでいた。
 45分のプログラムが終わり、これで私の<ラ・フォル・ジュルネ>は終わった。午後はお客様の所へ行くことになっていた。このお客様には私の設計した<アダージョ>が貸し出してあったので、お客様のご自宅で一緒に試聴することになったのだ。お客様はこの<アダージョ>の音を大変気に入ってくれていて、他のアンプと切り替えながら試聴を繰り返した。
 お客様には<アダージョ>は演奏の細かなニュアンスを良く伝えてくれると褒めていただいている。これまでCDにこんなに音が録音されていたのかとも言って下さっている。私としては嬉しい言葉だ。

オーディオアンプは良く原音再生という言葉が使われている。原音とは何なのか。それぞれの楽器の音色を正確に再生することなのか。私はそのようには思っていない。私は原音とは演奏者の表現その物と考えている。朝の生演奏でも強く感じたがプロの演奏者は非常に細かないろいろな表現をしている。生ではそれが伝わるが、オーディオ再生ではそれが伝わりにくい。それでもCDには演奏者のニュアンスは記録されていると感じている。特にデジタル録音ではダイナミックレンジが広く、細かな音が良く記録されている。ところがアンプはそれを正確に再生していないのでないか。良いアンプとは演奏者の音を良く表現してくれるものではないか。<アダージョ>を聴きながらそんなことを考えていた。
 お客様からの帰り、地元の<アステカ>に寄りカレーを食べた。お店に入ったときはお客様で混雑していたが、何故か私がカレーを食べ終わるころになったら、一斉にお客様が帰られ私一人になった。店内の音楽をCDに切り替えて聴いていたら、マスターが珍しくクラシックはどうですかとモーツアルトを薦めてくれた。だれもいない広い店内で、私が造ったアンプでモーツアルトを音量を上げて聴いた。これも良かった。おいしいコーヒーを飲みながら、今日の出来事を振り返りながら、ゆったりした時間を過ごした。
 今日は一日音楽三昧だった。それにしても音が飽きないなあと自分ながらに呆れてしまった。






2008年5月1日

<国宝 薬師寺展>
 東京に出たついでに東京国立博物館で開催されている<国宝 薬師寺展>を見てきた。私は秋葉原に行ったときなど、そのついでに美術館・博物館に寄ってくることが時々ある。それは物造りの素晴らしさを、本物を見て楽しむためと、自分の物造りの考え方を確かめる意味もある。人間の造る造詣は素晴らしいものがある。
 今回は上野の<国宝 薬師寺展>が開かれていて、国宝の<日光(にっこう)菩薩><月光(がっこう)菩薩>がじかに見られ、また普段<光背>があって裏がみられない仏像の裏側を鑑賞できるということで行ってきた。当日は多くの方々が来場され、入場に30分程待たされたが、それ程混乱もなくゆっくり見ることができた。仏像については30代のころ、本で少し仏像の見方を勉強して、何度も京都・奈良のお寺を廻っているので、この仏像も初めてではない。おそらく5回くらいは見ているものと思う。

仏像にも位があり、如来・菩薩・明王・天部という順序になっている。如来はお釈迦様そのもので悟りを悟った仏さま。菩薩はお釈迦様の若いときの姿でまだ修行中の姿。また如来は薬師如来・釈迦如来・阿弥陀如来があり、それぞれ東(東方浄瑠璃世界)・南(現世)・西(西方極楽世界)におられ、菩薩はそれぞれの如来の脇侍となっている。今回の<日光菩薩><月光菩薩>は薬師如来の脇侍で日光が<慈悲>、月光が<知恵・力>を表している。この三体を薬師三尊像と呼ばれ、他にも釈迦三尊・阿弥陀三尊がある。説明はこのくらいにして、今回は薬師さまではなく、脇侍の菩薩さまが上野に来たわけだ。それはこの仏像が造詣的に素晴らしい形をしていて、芸術的な面で素晴らしいからだと思う。(たぶん)
 展示場で説明文を読むとこれは7か8世紀に造られたそうだから、今から1300年以上も前に造られたことになる。本体は銅製で色は変色しているが、(元は金色に塗られていた)形の崩れはなく、当時のままの姿を見ることができる。近くでみると本当に素晴らしい。何がと言えば造りである。芸術的に美しいのは出来上がりが良くなければきれいには見えない。説明文を読むとこの仏像は一体の鋳造で造られているらしい。3メートル以上もある像がどうも一つの型で出来ているようだ。仏像の肌の滑らかさは今も保たれているが、今回裏に回ってみたら、背中にアクセサリーのようなチェーンを着けているのが見られたが、そのチェーンの細部の表現もきれいに出ていた。立ち姿の美しさや細部の表現など、昔の鋳造技術・芸術性が如何に優れていたかが分かる。私にはミケランジェロのダビデ像と同じように見えた。それよりずっと古い時代に造られたにもかかわらずその美的センスはすごい。仏像も博物館にくると美術品になってしまうようだ。

私はいろいろな寺で仏像を観るのが好きだが、これは芸術品の対象や信仰の対象としてこれらを観てはいない。私が好きなのは、これらの仏像を擬人化して、1000年以上もこれらの仏像があいも変わらず人間の悩みを聞き続けてきたその歴史を想像するのが好きだからだ。自分が立っているこの場所には、1000年以上前にも同じように誰かが願い事をかなえてもらうために頭を下げている。仏像はそれをずっと我々を見ていると想像するのが面白い。
 だから私は仏像そのものばかりでなく、その周りのお堂の雰囲気というものも好きだ。特に奈良には素晴らしい仏像が多くあり、仏像を安置している雰囲気が好きな寺といえば、一番は東大寺三月堂、二番はこのコラムにも以前書いた浄瑠璃寺だ。これらはそこに行くとなぜかゆっくり留まりたくなる。そこの空気が好きなのだ。これらの仏像は何を思ってここにいるのだろうと想像している。擬人化した仏像と対話するのが好きなのだ。
 今回の展覧会はこのような雰囲気はなく、仏像も博物館にくると美術品になってしまう。それはそれで良いのだが、やはり仏像はお寺にあってその良さが生きるものだと改めて感じさせた。







2008年4月21日

<エスプレッソマシーン>
 我が家では毎日コーヒーを淹れる。この数年朝はカプチーノが多い。カプチーノとはエスプレッソコーヒーにミルクをあわ立てそのクリームを乗せた飲み物で、コーヒーの苦味とミルクの甘みが一緒になりおいしい。毎朝、市販のエスプレッソマシーンを使ってこのコーヒーを作っている。毎日使うものだからエスプレッソマシーンの調子がおかしくなってきて、一月ほど前買い換えた。以前は<フィリップス>のエスプレッソマシーンを使っていたが、今度はどこが良いか調べた結果、値段とも相談してイタリアの<サエコ>というブランドの製品を挙げた。いつもコーヒー豆を買っているアステカのマスターにも相談したら、<サエコ>はエスプレッソマシーンとしてはトップメーカーでプロでも使用しているとのことで、心強いアドバイスをいただきこれに決めた。
 まずヨドバシカメラに下見に行って目星を付けていったら、1週間後その製品は生産中止ですでに店頭から撤去されていて、一つ上の製品を買う羽目になった。アステカのマスターもある程度値段も必要だということでそれは納得。

 この<サエコ>の製品をヨドバシカメラで購入して家に運んだ。さてまずは1杯淹れようということで、製品を洗い、説明書を良く読み、淹れる準備をする。ところがミルクを泡立てるプラスチックの部品がうまく本体に取り付かない。説明書を読んでもどうも説明図と合わない。よくよく調べてみたら、そのプラスチックの部品が壊れていて(欠けていて)本体に取り付かないことが分かった。せっかく準備してさあ作るぞという時に不良が分かりがっかり。
 ヨドバシカメラに電話して交換してもらうことにした。1週間ほど待ち新しい代替品が到着。今度も張り切って製品を梱包から出しキッチンの台の上に置いた。ところが今度は製品がきちんと台に安定に座らない。製品底の4本の足の一つが浮いている。製品を見ると組み立てが曲がっており、水平になっていない。これがイタリア製品かと憤慨して再度ヨドバシカメラに電話。他社製品も考えたがここは我慢して再度製品を交換してもらうことにする。
 また1週間ほどして3回目の製品が届く。今度は事前に製品のチェックをお願いした。もうこりごりだ。再度じっくり取り扱い説明書を読み、カプチーノを作る。やっとエスプレッソが出来、飲んで見た。ところがコーヒーの味が薄く、また温度がぬるくおいしくない。せっかくちょっと高い製品を、2回も取り替えて手に入れたのにこの味ではとかなりショック。前の方が良かったと思い、どうしたらおいしくなるかと考えてみた。

 ここからが僕の工夫のしどころだった。何がおいしくない原因かを考え、いろいろ工夫していろいろな淹れ方をトライしてみた。味が薄いのは抽出がうまくいっていないことで、大きな原因は抽出のお湯の温度が上がっていなかったことだった。最初に出てくるお湯はまだ熱くなってなく、空出しでぬるいお湯を出してから豆をセットして抽出するようにした。ミルクの温度が上がらないのも同じで、蒸気でミルクを温めるが、その蒸気の噴出口は最初ぬるい水が出てくるのが分かり、これも空出ししてからミルクを温めるようにした。また先にミルクを温め、そのあとコーヒーを抽出する順序に変更した。ミルクを温める時間は3分ほど必要で、(コーヒーの抽出は10秒くらい)その間コーヒーが冷めてしまうからだ。このことをアステカのマスターに言ったら、日本人は熱いコーヒーが好きだから、自分もそのような順序にしているとのこと。欧米人は比較的ぬるいコーヒーで平気なようだ。
 そうやっていろいろカプチーノの淹れ方を工夫しているときに、今度は私のミスでミルクを泡立てる部品を無くしてしまった。淹れる度に小さなプラスチック部品を洗わなければならないのだが、それを生ゴミのシンクに流してしまったらしく、その部品を生ゴミと一緒に捨ててしまったらしい。しかたなくまたヨドバシカメラに電話してこの部品を取り寄せもらう。これで1週間ほど<カプチーノ>はまたお預け。何とこの製品にはトラブルが付きまとうのかと、多少イライラしながら部品を待ち、先週からまた<カプチーノ>が復活した。
 工夫の甲斐もあり、最近は<カプチーノ>はおいしく出来上がっている。コーヒーの抽出時にはエスプレッソ独特のコーヒーの泡も良く出るし、香りも良い。ミルクの泡立ても良く出来る。以前の製品では牛乳メーカーにより泡立てがかなり違っていたが、このマシーンは比較的どの牛乳メーカーでも良く泡立つようだ。(ただし低脂肪牛乳はだめ)順序を変えた工夫もあり温度も熱くなり、なかなかおいしい。前のマシーンよりおいしくなった。

このようにたかがカプチーノを飲むためにこのひと月は苦労させられた。
 また、良くも悪くもイタリア製品<サエコ>のエスプレッソマシーンだなあとつくづく思う次第である。日本製品ではありえないだろう。






2008年4月11日

<醍醐の花見>
 先週の2日から4日にかけて京都の花見に出かけた。女房が海外出張でいないことをいいことに一人で京都の花見を満喫してきた。いつもJRのTVコマーシャルを見ていつか桜の満開の時期に行ってみたいとずっと思っていたのだが、それがついに実現した。

 新幹線に乗るのも退職以来久しぶりのこと。今回は新型700系を狙ってチケットをゲット。この新型は席の前のスペースが広く空いていてゆったり出来る。京都に昼前に到着。直ぐに京都駅地下街にある<万重(まんしげ)>に直行。ここは比較的安い京都料理が食べられる。まずは京都の味で腹ごしらえ。さてこれから京都を楽しむぞという準備ができた。出かける前にネットで京都の桜の見所はチェック済み。今回は桜の名所だけに絞って出かけることにする。午後はまず嵐山に出かけた。計画ではトロッコ電車に乗って保津川沿いの景色を楽しむ予定だったが、春休みで子供たちが大勢いて、直ぐには乗れずこれは諦めた。直ぐに予定を変更して<天竜寺>の庭を見学。ここは桜の他、アシビ、ミツバツツジ、ユキヤナギ、カイドウなど色とりどりの花木が咲き誇り、まずは京都の春を満喫。天竜寺は庭で有名なお寺なので、手入れも十分行き届き美しい庭にこちらの気分もゆったりしてきた。ホテルへの帰り道、時間があったので<広隆寺>に寄り道。ここは国宝第1号の<弥勒菩薩>が安置してある寺で有名なところだ。境内にはやはり桜が満開で人もまばらであったのでここでものんびり仏像と桜を楽しむ。次第に京都の旅になってきた。夕食は祇園近辺の<一平茶屋>で<かぶら蒸し>をいただく。すべての味付けが微妙でうまい。食後は<八坂神社>と<丸山公園>で夜桜見物。公園内は隙間もないほどシートがおおい被さり、これから花見の宴会の準備中といったところ。人出もすごい。京都人はここでお花見をするようだ。巨大な桜がライトアップされてちょっとだけ幻想的。でもここは宴会場の雰囲気だ。京都初日としてはまあ楽しい一日だったかなと思い、ホテルにもどる。ホテルといっても東横インというビジネスホテルだ。一人だと安いホテルで十分。簡単な朝食も付き満足。

 2日目は今回のメインの桜見物の予定。朝一で<醍醐寺>に出かけた。昔はバスでしか行けなかったが、最近は地下鉄が開通しアクセスが楽になった。醍醐寺と言えばその昔秀吉がここで花見を開いたという超有名なところ。春以外の時期にはここを訪れたことは数度あったが今回は桜の満開の時期だ。もう気分はわくわくしてきて、気が焦って早足になって境内に到着。桜は満開だった。醍醐の桜はいろいろな種類のものがある。ソメイヨシノ、シダレザクラ、ヤエザクラなど形、色、開花時期などが異なり、桜のアラカルトを楽しめる。またお寺の桜は管理が行き届いているので樹齢が長いようだ。ここには樹齢180年という大木があった。これはすごい。こんな大きな桜は私の人生では見たことがない。通常桜の寿命は100年程度だそうだ。枝にはつっかえ棒が施してあり、高齢の桜だが、しっかりとたくさんの花をつけている。これを見ると木々のけなげなさやたくましさを感じてしまう。これが醍醐の桜なのか。やっぱり来て良かった。<醍醐寺>を後にして地下鉄でもどり今度は<平安神宮>に行く。ここは内部にある庭の桜がきれいという。ここはシダレ桜がすばらしかった。また庭園の景色がすばらしく、平安神宮内にこんな場所があったのかとびっくりした。昼飯はまた京料理。<美先(みせん)>というブラリと入ったお店(ちょっと高級だったが)でビールと共に楽しむ。午後は<南禅寺>を出発点にして<銀閣寺>まで<哲学の道>を歩く。川沿いの道でここは桜とユキヤナギがすばらしい。五十男の一人散歩は少し寂しい気もするが、家族、商売、アンプのことを考えながら、春の心地よい日差しを浴びながらの散歩もたまにはよい。<銀閣寺>は修理中でちょっと残念だったが、庭園内でのコケの説明が面白かった。その後<新京極通り>に行き<眼鏡研究社>で眼鏡を作る。以前ここで眼鏡を作り気に入っているので今回も作る。アンプ製作で老眼鏡が必要になり、遠近両用を作る。今後は少し楽になるだろう。夕食はこの眼鏡屋さんで教えていただいた<かわべ>という洋食屋でカツを食べる。ここも安くてうまい。ちょっと京料理が続いたので箸休めというところか。

 3日目最後の日となった。今日のメインは<仁和寺>の御室桜だ。ただこの桜は開花時期が遅くまだ咲いていないという情報。それでも行く。やはりまだ早すぎた。まだつぼみだった。あと1週間から10日後らしい。しかし満開時期、花見は有料になるらしい。今回はまだ無料だった。お寺も商売熱心。<仁和寺>の後は<竜安寺>まで歩く。石庭で有名なこのお寺はお庭も素晴らしい。お寺へのアプローチが素晴らしい。ここもいろいろな種類の桜がある。<石庭>を見ながらしばしぼんやりと時間を過ごす。今度は<平野神社>まで歩く。ここはお花見の人でいっぱい。屋台もたくさん出ていてのんびりする気分ではない。直ぐに引き上げこんどは<金閣寺>までまた歩く。<金閣寺>はそれほど桜が多いところではなかった。そろそろ食事時だ。また歩く。こんどは<大徳寺>までだ。目的は境内にある<泉仙(いずせん)>の<鉄鉢(てっぱつ)料理>を食べるため。ちょっと分かりにくいところにあるが、昼時に行ったが待ち時間なく食事が取れた。ここも美味い。ここの天ぷらの衣などはよそにはない触感。まわりは外人が多かったが、一人ビールで静かに庭を見ながらの<鉄鉢料理>は最高だった。まだ時間がある。<楽(らく)美術館>に行きたくなった。ここには楽家名品の<楽茶碗>が展示してある。以前、一度見たがこれはすごい。本当に息を呑む。茶碗がすごいオーラを発している。しかし今回休館中だった。タクシーでせっかく行ったのに残念。たかが茶碗だが、もの造りの素晴らしさはここで味わえる。今度また来てみよう。
 あとはもう帰るだけだ。だがまた帰りの弁当を探した。京都駅に伊勢丹がありそこで夕飯用の弁当を探す。<田ごと>の弁当があった。少々高めだが奮発して買う。京都最後の楽しみを用意して、新幹線で味わう。帰りの新幹線も新型700系。

 今回、初めての京都の花見。三日とも天候にも恵まれ十分に楽しんできた。京都の桜の良さはいろいろな種類の桜が植えられ、それがお寺などできちんと管理されていることだ。植物はきちんと管理されないときれいに育たない。だから樹齢100年以上の銘木が生まれ人々を癒してくれる。やはり京都は文化都市だ。

 京都市のキャッチコピーから<日本に京都があってよかった>



 醍醐寺に咲く樹齢180年の桜の大木。
こんな桜が楽しめるのも京都の桜の魅力。
今回は京都の桜とコケと食事を楽しんできました。

次は吉野の桜かな。








2008年4月1日

<お客様の喜び>
 私は独立して細々と個人事業をもう4年続けている。以前のサラリーマン時代と大きな違いは、全て一人で仕事をこなさなければならない反面、お客様の反応がダイレクトに聞け、良くも悪くも自分の責任がはっきりしていて、特にお客様に喜んでいただけたときは私自身もその喜びが非常に大きく感じられるところにある。
 最近またお客様からうれしい便りといただき、職人冥利に尽きる経験をした。2月のこのコラムでご紹介した6BM8pp(UL)1作目のお客様からのお便りをご紹介したい。このアンプは昨年6月に納入されて使われている。今年の初め他のアンプとの試聴比較テストが行われたようで、その時の印象でもう少し低音が欲しいというご要求がなされた。私としても他のアンプに負けられないという自負もあり、またこのアンプはバージョンアップをある程度想定して設計されていたので、回路追加と新しいノウハウをいれてバージョンアップを引き受けた。私のアンプはこのようなバージョンアップがひんぱんに行われていて、それも私の多少の気まぐれも含まれていて、お客様も同じ製品が良くなっていく過程を楽しまれている。今回は多少負けられないという気持ちもあり、良くしてみようとお引き受けした。
 まずはバージョンアップ後のお客様からの反応からご紹介する。

<驚きました。
 昔、会社の試聴室にあったJBL4343とアキフェーズP300の組み合わせに近い音になりました。
低域は締まりが良くなりました。
中域は厚みが増し、磨きがかかりました。
高域は透明感が出てきました。
 曲によっては、安井さん宅よりも迫力があります。まるで、カメラのレンズが明るくなった感じです。これ以上を望んでも、倍投資しても音はほんの少し良くなるだけではないかと思います。
 ありがとうございました。>

こんな便りをいただくと、私の方が感激してしまう。この方、以前オーディオ製品の品質管理を担当されていたので、いろいろな機器と接する機会があり上のようなコメントになっている。ご自宅で使われているスピーカーはJBL4312Bで、おそらくJBLの良さが更に発揮されたのかと想像している。それほど高級真空管と言われていない6BM8でも造り方次第でこんなに評価してもらえると、技術屋としては最高にうれしい。
 では何を変更したかというと、電圧増幅部の定電圧電源を左右独立にし、メイン電源を強化し、配線をE.G.Wにした。最近得られた配線法というのは大きく音質に影響していて、これまで得られたノウハウを全て入れて差し上げた。今回の改造は私の家での試聴ではその効果は実感出来ていたが、実際お客様がご家庭でその効果が感じられなければ意味がない。それが十分に期待通りに音質アップされていたことが何よりもうれしい。

私が真空管アンプを造るのは、音楽を聴くのが好きなこと、真空管アンプの技術的好奇心とその技術を人様に役立てたいことで、儲けはないが続けている。最近技術も上がり音楽を楽しく聴けるアンプが出来てきて、また多くのお客様から音楽を聴く時間が増えたと言ってくださり、自分の役割が少しは貢献できているのではと思っている。
 真空管アンプ技術そのものは今やローテクなのだが、ローテク技術でも人様の気持ち・感情に少しでも良い意味で影響を与えられるのであれば、こんなうれしいことはない。本当に職人冥利に尽きることだ。
 一人職人もいいなあと思う。こんな時喜びを独り占めできるから。



これが上記の6BM8ppアンプの写真です。これに黒のメッシュのカバーケースがつきます。出力は12Wでプッシュプルアンプとしては小さい方ですが、強力電源と低出力インピーダンス、高S/N設計なので、強力かつ繊細にスピーカーをドライブしてくれます。

¥128,000でお造りします。






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