オーダーメイド手造り真空管アンプの店

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<写楽> 
 2011年6月21日 

東京国立博物館で開催されていた<写楽>を観てきた。写楽を中心とした浮世絵の展覧会である。世界各地から写楽の浮世絵が集められ展示されている。20年ほど前にも都内の美術館で写楽展が開かれその時の印象が強烈だったので楽しみにして行ってきた。
 写楽の絵は大首絵の浮世絵として有名だが、昔見た印象は絵の奇抜さも面白かったが初めて本物の浮世絵の色の素晴らしさが特に印象に残っている。またデビューしたての頃は大首絵だが次第に全身の絵になってきて後期になると絵がつまらなくなっていく過程を見るのも面白かった。そんな昔の印象を持ちながら写楽を楽しんできた。
 今回は残念ながら、昔ほど強烈な印象を持つこともなく鑑賞を終えた感じだ。その理由は以前見た写楽の浮世絵は色の発色がもっとすばらしくこんなきれいな色を出していたんだという印象が非常に強かったのだが、今回はそれほど絵に強烈な印象を持つことがなかった。2度目の鑑賞のせいかもしれない。前の印象だと雲母摺(きらずり)といった背景の色がもっとまさにキラキラしていて美しい絵があったと記憶していたのだが、今回はそんな色が出ていなかったので印象が少しぼけてしまった感じもする。植物性の色は退色し易いらしいのだが、きれいな色の絵は今回展示されていなかったかもしれない。しかしやはり本物の絵の迫力は素晴らしい。北斎同様写楽も個性が強烈だ。

 今回自分なりに新しい発見があった。写楽とならんで喜多川歌麿の美人画が展示されていたがこれがすばらしかった。精密で色がきれいで顔が美しくて何ともいえない色気が絵から漂っている。昔の人はこの絵で興奮しただろうなと想像できる。(裸ではありません)
 何を発見したかというと、浮世絵には陰はつかないし色も単色の組み合わせなので、同じ色はのっぺりとした感じになる。だから絵が立体的に見えにくいのだが歌麿の絵はかなり立体的に見える。それは何故かと考えていたら歌麿の描く着物の柄は体の線に沿ってその模様が精密に変化している。たとえば着物の四角い柄は平らなところは四角いが、曲線のところはひし形になったりして、着物のしわによって柄が変化している。この着物の柄の変化が体の動きを見せ、色は単純で陰はないが、体が立体的に見えてくる。この柄の変化が歌麿の絵は非常に精密に描かれていて人物が浮き上がって見える。大首絵だと遠近法で描けないが着物の柄の変化が立体的な絵にしてくれている。例に他の絵の着物の柄とを見比べてみると、手抜きや技量の差というものを非常に分かり易く示してくれた。

今でも残る江戸の食は寿司など非常においしいし、浮世絵にみる絵の素晴らしさは江戸の庶民文化の高さを示してくれているとあらためて感ずる。

 
 <真空管バランスアンプ>
 2011年6月11日 

前回このコラムで紹介した6BM8pp(UL)バランスアンプが無事納入された。これからお客さまのところで新しい形のアンプが使われる。バランスアンプの良さがどのように感じられるかが今後楽しみなところだ。私はというともう私の手元から離れてしまったのでちょっと名残惜しい感じもするが、また何かの機会に真空管バランスアンプを作って聴きこんでみたいと思っている。
 真空管バランスアンプとは真空管を使ったバランス型のアンプのことで私が勝手に名前をつけた。あまりこの形式の真空管アンプは多くないのでどのように名前を付けようかと思ったのだが、まあそのままの名前で今回書かせていただく。バランスアンプといってもプリもパワーもあるので今回は特にバランス型の真空管パワーアンプに関してである。

トランスを使った真空管パワーアンプとバランスアンプの回路的な相性というのはすこぶる良い。その理由は出力トランスの2次側巻き線というのはもともとHot(+)とCold(−)端子となるので、あえてバランス出力をつくる必要がない。スピーカーをドライブする場合、トランス出力はシングルエンドすなわちグランドを基準として出力する必要がなく、バランス出力としてそのまま使えるからアンプを他に用意する必要がない。入力に関してはHot(+)とCold(−)の2入力が必要だが、こちらも私が設計するアンプはppアンプの場合、入力段は差動アンプとなっているのでこちらも大きな変更もせずに対応できる。負帰還の仕方のみ変更すれば回路的にはバランスアンプとなる。小さな変更でバランスアンプに直ぐになる。アンプ回路的にはグランド基準の増幅器は出力段だけで、またここはppになっているので同相信号は増幅されず全体でもバランス増幅に対応している。

今回の真空管バランスアンプの音についての特長を第一印象だけで述べると、SNの良さが際立っている。これはまだこの真空管バランスアンプの持つ潜在的な優位性なのかは定かではない。バランスアンプを試聴するのにCECのDAC DA53といDAコンバーターをお借りして、それにこの真空管バランスアンプに直結して聴いているため、これまでと音楽信号の流れが異なっていて、SNの良さがバランスアンプからきているのかは確かめられなかった。ただ面白いのはデータ的に今回設計したアンプはそれ程ノイズレベルが低いアンプではないにもかかわらず聴感上のSNが素晴らしいところは今後の検討項目になりそうである。仕様の制約上、熱雑音を下げられなかったのだが、ノイズデータより聴いた感じはずーとノイズは少ない。細かいニュアンスを良く表現してくれる。我々の耳は熱雑音などの静的なノイズより、アンプ内部で発生する動的なノイズの方が音楽信号には有害なのかとか、今後確かめてみたい項目だ。

 私にとっては初めての真空管バランスアンプの設計となり、また新しい扉を少し開けたような気がする。


 
 <バランスアンプU>
 2011年6月1日 

6BM8ppバランスアンプがほぼ完成した。アンプの構成は差動2段にUL接続ppの出力段である。この構成は私が設計するほとんどのppアンプの定番であり目新しい回路ではない。ただ今回はバランスアンプということでバランス入力、バランス出力としなければならない点がこれまでと異なる。大きく異なるところは入力段の差動アンプを2入力とし、出力トランスの2次側はそのまま2出力とするが負帰還のかけ方を変え、+出力から−入力と−出力から+入力へと2つの負帰還をかけている。出力からの負帰還をたすき掛けにして入力に戻している形だ。アンプ増幅回路は同じでも負帰還のやり方が変わって性能・安定性・音などがどうなるかが今回の検討項目になる。

配線はお弟子さんがしてくれたがその後が大変だった。配線がまずいからではない。新しい回路のこのアンプの性能を上げるのにひと苦労した。私のアンプ設計では配線後の作業に時間がかかる。性能のチューンナップに時間を費やすからだが、歪・f特・D.Fなどの諸性能を上げていきながら、同時に安定性もチェックしてアンプの品質を上げていく。新しい回路だったためこの作業にかなり時間を費やしてしまった。また測定でもバランス対応をしなければならなかった。測定器(歪率計)の入力はバランス対応してあったが、測定信号出力はバランス対応されておらず、アンバランスからバランス信号への変換回路も作成しなければならず、この点でも時間が必要となった。

検討結果では性能はほぼ通常アンプと同等の性能が得られた。安定性については回路を少し変更し満足させた。当初出力トランスの2次側すなわちバランス出力をフローティングと考えていたが、最終的には2出力端とも抵抗でグランドに接地させることにした。こうすることによりアンプはノイズに強くなり安定した動作が可能となった。
 音については新しいサウンドを聞かせてくれている。改良電源の影響もあるが楽器の分離がすばらしく細かなニュアンスもすべてさらけ出してくれるアンプになった。まだ聴き始めたばかりで十分な比較はできていないが、最初の試聴の印象はすこぶる良い。今後も楽しみなアンプになっている。

私としては初めてのバランスアンプの設計となったが良い製品が出来上がった。反転アンプ形式のアンプでも性能は出ることが分かったし、安定性も問題ないし、バランス増幅の音は細部の表現に優位性があるように感じられた。

 真空管式バランスパワーアンプは面白い。まだ良くなる可能性が残っている。

 
 <真空管の寿命>
2011年5月21日  

バランス型の新しいアンプを設計していたら、別のお客さまからアンプ不良の連絡が入り直ぐに対応した。調べてみたら真空管の不良だった。真空管を交換すれば直るのだがこの際バージョンアップもしてしまおうということで、回路、配線も改善することになった。

真空管の寿命はどの程度なのかは今市販されている実際の真空管の実力は分からない。当然使用状況によって大きく変わるものだから、回路設計者としては電圧・電力・温度などは低めになるように設計している。それでもお客さまのアンプの使用頻度が分らないが何年か経てば部品のバラつきにより不良は発生してしまうようだ。
 それでは真空管の寿命はどの程度あるのだろうか。真空管生産者はその値をだいたい把握していると思うのだが、現在日本では真空管はほとんど生産しておらず、そんなデータは得られず昔の資料・文献から推測するしかない。私が持っている「オーディオ用真空管マニュアル」には寿命の記述がある。
 それによれば寿命の判定は一般に難しく、その理由は不良内容にはいろいろあり動作しない場合判定はこまらないが、ノイズが出るとか動作が不安定な場合どこを不良とするかの判定は難しくなる。そこで昔は次のような症状で不良の判定を決めていたようです。
 「たくさんの数のなかで、gm低下が30%程度以上となった球が半数以上になる時間」を寿命時間と定めたようです。この規定で球の寿命を調べると、だいたい電圧増幅管で数千時間、出力管で5千時間といったところと書いてあります。

 この判定でもgmの低下が早く進むのがどの位の時間なのかは分からず、当然早いものは数百時間で現れるかもしれないが、全体の数量のなかで劣化が半数以上になるには数千時間になるということです。だから長いものは数万時間になるでしょう。

真空管の寿命についての質問もときどきされるので書いてみました。どんな部品にもバラつきと寿命があります。また文献によれば寿命の規定も定めてありますが、不良内容はその製造でのバラつきもあり様々で寿命時間も大きくばらつくようです。

 
<バランスアンプ> 
 2011年5月11日 

お弟子さんによる配線も一段落して仕上げを私が行っている。配線をしていて気が付いたことがある。バランスアンプのため配線が変わった。当たり前だが出力グランドの配線がなくなった。このことが如何にアンプの配線を楽にしているかを実感している。本来のバランスアンプならば信号系のグランドは無くなるはずだったが、アンバランス入力もあり入力のグランドがまだ存在しているので、その点はこれまでと同じように注意して配線をしなければならないが、この信号グランド配線が1本無くなることで如何に気が楽かと感じているのは私だけか。
 グランドの処理というのは経験がいる。回路にもよりいくらか変わるから、注意しなければならない。配線というのは回路そのもので、配線が悪ければ性能は出ないし、音も悪くなるし、回路動作を理想に近づけるように配線をしなければならない。
 たった2本(L、Rそれぞれ1本づつ)の信号グランド配線が無くなることで、今回の配線の気が楽になったので、これは音も楽しみになってきた。それはグランド配線による影響が一つ減ったから、音にも好結果をもたらすのではないかと。

 そんなことを考えていたら、私の自宅システムもバランスアンプに改造したくなってきた。パワーアンプは違う方式のバランスアンプが出来そうだし、ラインアンプはゲイン可変にしてSNの良いアンプにするが、バランスを保つためにも精度の良いボリュームが必要で、それにはやはり電子的に切り替えるボリュームが良いかとかいろいろ考えている。イコライザーアンプにしても入力はアンバランスでも出力はバランス出力を用意しようとかアイデアが出てくる。回路図を作ることは変更も直ぐ出来るし、お金もかからず楽しい作業だ。実際作るには重い腰を上げなければならないが、それまでは自由に回路を描けるから楽しいひと時となる。いつかは実現したいが、いつになったら我が家のシステムは変わるのだろうか。

 
 <手造り品>
 2011年5月1日 

今、隣の部屋でお弟子さんが半田付けをして、私はこのコラムを書いている。2番弟子のアンプ製作作業がいよいよ今週から始まったのだ。弟子といっても一般に言われるお弟子さんとは異なり、私が真空管アンプ造りを手伝う感じだ。だから厳しいことは何もなく、お互いのんびり作業をしている。このアンプ製作作業結構手間を取っていて、予定通りにはなかなかいかない。それには理由もある。何せ作るアンプがプッシュプルのバランスアンプで、入力切替スイッチや音量ボリュームなどもあり、その上電源はすべて半導体を使った電源回路になっているので、回路が複雑だからだ。以前エレキットを組み立てた経験があるといっても、今度作るアンプはかなり複雑だ、それにエレキットは基板が出来ていてそれにマウントすれば回路が出来上がるようだが、今回はすべての部品配線を一個一個ハンダ付けしなくてはならず、かなりの工数がいる。それに私の配線技術はいろいろ注文を付けるからそれも工数増加になっている。こんな悪条件(?)からか、ご本人が思っている以上に時間がかかっている。
 私も少しは手伝っている。電源の一次側の配線や電源周りの基板上の配線は私がしている。細かな配線まで全てしてもらいたいのだが、あまり負担をかけても折角のアンプ造りに水を差してしまう。時間は予定どおりにいかないが、本人は楽しんで配線しているようだ。私もなるべく苦労して作ってもらいたい。苦労した後で初めて喜びが待っているからだ。

物造り、特に一品物の手造りは根気がいる。細かい作業を先を急がず丁寧に作業する必要がある。美しいと思える手造りの品にはそのような職人の気持ちが入っている。職人にはある意味子供のような純真な気持ちが必要で、打算が入っていては良い仕事はできない。考えてみると、最近の子供たちはプラモデルなどを作っているのだろうか。人の作ったゲームで遊ぶばかりでなく、何か形のある物を作ったりするのだろうか。私が子供のころというのは、プラモデルにしても鉄道模型にしても自分で作るのが当たり前であった時代だったので、細かな作業も苦にならずに楽しんでいた。子供時代に苦労して作ることを経験すると、その気持ちでいれば大人になっても職人の仕事ができると思うのだが。

今回のお弟子さんは物造りも好きな方なので、コツコツとマイペースで作業を進められている。予定より完成は遅れそうだが、世界で一台しかないマイアンプの製作を楽しんでもらいたいし、ご自分で作ったものは愛着あるものになるので、その後も長く使っていただきたいと思っている。

弟子は親しい人で、私が選んだ人しかなれませんので誰でもという訳ではありません。

 
<弟子入門> 
 2011年4月21日 

久しぶりにこのコラムを再開する。東日本大震災の後、表向きは節電のためとしてこのコラムの掲載を控えた。実際は震災直後のニュースを見て津波被害の甚大さや原発事故に少しばかり心が落ち着かず、しばらく文章を書く気分になれなかったのが実情だ。私は横浜に住んでいるので直接の被害もなく、また家族・親戚にも被災した者もない。しかし計画停電や水・野菜の放射線騒ぎなどこちらも落ち着かない生活は強いられた。今は一段落して普段の生活に戻っており、また計画停電も終わったので、このコラムも再開しようと思う。また宜しくお願いします。

さて今回の題は弟子入門ということだが、私に弟子が入門することになった。実は今回が二番弟子になる。今回のお弟子さんはJAXAで空力の研究をしているドクターである。以前からの知り合いで、前にアンプの試聴会を開いていただいたりして、こちらもお世話になっている方である。今回会社のリフレッシュ休暇を利用して真空管アンプを作ってみたいというご希望で、私に弟子入りしたいということになった。
 普段高度な仕事をされているのに、私の真空管アンプ技術で良いのかと思うのだが、リフレッシュという意味では気楽な真空管アンプがちょうど良いかもしれない。私としても真空管アンプの仲間が増えることにまったく異論がないから引き受けている。
 今回のテーマ(アンプ)は6BM8ppのバランスアンプの製作である。このアンプを作りたいというご希望で、すでに作業は進んでいる。私はこれまでバランスアンプは作ったことはないのだが、これまで設計してきたppアンプは全て差動入力アンプになっているので、それを利用してバランスアンプ構成にしている。出力はフローティングにしてホット・コールド出力を入力にたすき掛けで負帰還を戻している。電源はリップルフィルターと半導体の定電圧電源を搭載している。
 回路・レイアウトなどは私が設計した。回路動作は簡単に説明しているが、基本的なことはご自分で調べ勉強されている。主に半田付け作業をご自分でしていただこうと思っている。先々週には秋葉原での部品調達にも参加していただき、秋葉原のいくつかの部品屋さんも紹介した。配線も私のノウハウがあるので、それに従って配線してもらう予定だ。

二番弟子が作る6BM8ppバランスアンプはどんな音になるのだろうか。有意義なリフレッシュ休暇になることを願っている。


 
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