手造り真空管アンプの店




元のページに戻る


店主コラム 2007年7月分〜9月分





2007年9月21日

<真空管のノイズ>
 アンプに於けるノイズ特性というのは大変重要な項目だ。歪と異なり信号に無相関なノイズは耳に付きやすく、ノイズレベルそのものが聞こえることもあるし、楽器などの付帯音として認識されることもある。真空管は半導体に比べこのノイズ特性が劣っており、如何にこのノイズレベルを下げるかというのも、設計において大変重要なことである。回路方式や配線によってその特性は大きくかわるが、今回は真空管そのものから発生するノイズについて述べてみたい。真空管のノイズに関する文献が少なく、最近の真空管アンプ製作記事などでは、このノイズに関する発表は皆無でありなかなか知識を得る機会が少ない。これまで自分で経験したことと、その時に調べて得たことを述べてみたい。
 真空管で最初に浮かぶノイズはハムであろう。昔はスピーカーに耳を付けると、よくブーンというノイズを耳にしたことがあったが、そのノイズである。これは真空管のヒーターの交流電源からの誘導ノイズで、私の場合全てアンプで初段の真空管は直流点火にして、このハムを完全に取り除いている。真空管のヒーター構造にも影響するが、一般にオーディオ用低周波増幅に使われている真空管であればほぼ問題ない。また下手な配線をするとグリッドにも誘導ハムをひろう可能性もあるが、ここは大きなループを作らない配線が重要だ。
 次に重要なのがホワイトノイズ。(シャーという音のランダムノイズ)これはどんな部品でも大小このノイズを発生していて、真空管においてもこれを減らすことがアンプの性能を左右する。このノイズは文献など調べてみると、真空管の特性そのもので決まる。このノイズはグリッド付近の電子の不規則な動作(2次電子など)によるノイズのようで、グリッドの数が多い5極管のほうが3極管より多く発生する。またgmが大きい球の方がノイズが少ないという特徴を持っている。私の場合回路の特徴から初段は5極管を使用していないが、ノイズの面でも3極管の方が有利な訳だ。ここに真空管の選択、動作点の考慮が必要になる。
 これらのノイズは定常的で測定で現れるが、私がかつて悩ませたのが時々起こるノイズだ。時々チーという小さな音がするが、出たり出なかったりする。この原因を掴むのは少し時間がかかった。最初発振かと思っていたが、最後の結論は真空管から発生する初速度電流ノイズというものだった。真空管によりノイズの出方はばらつきがあるが、これはグリッド電圧が浅い時にときどき発生する。普通グリッド電流は流れないと思われるが、バイアスが浅い時、グリッド電流が流れこれを初速度電流と言い、それがノイズとなる。グリッドバイアスを約0.7V以上で使うことでこのノイズは改善されていく。だから初段の真空管の動作点の設定はこれを守らないと、真空管のばらつきによりノイズが発生する。ホワイトノイズを減らすには、電流を流してgmを大きく取りたいが、するとバイアスが浅くなり初速度電流が流れてしまう。これらを考慮した動作点が必要になる。
 このようにノイズと言ってもいろいろ考慮が必要で、これらは回路設計時にある程度防ぐことができる。しかし前回にも述べたように、配線も正しくしないとアンプのノイズは小さくならない。真空管アンプもノイズに強い回路、真空管の選択、正しい動作点、正しい配線を実施していけば、半導体に負けない特性になってくると思っている。






2007年9月11日

<アンプ配線の考察>
 以前このコラムで配線技術について少し述べたことがある。回路図上では理想の回路であったとしても、実際配線をする時には物理上の制約や、理想の部品などは存在しないので、出来上がった回路というのは必ずしも理想どおり動作しない。どこまでその性能、あるいはアンプで言えば音質に影響するかは実際の配線、部品で大きく変わる。
 私の場合、ある程度頭の中では理想の配線、あるいは動作状態というものがあるが、実際配線の段階になると、思うようにいっていない感じがしていた。今回はアンプにおけるグランドの配線について最近得られたことがあったので、述べて見たい。
 アンプのグランドというのはいくつかの種類があると考えている。それは回路別に分けられるもので、それぞれがその回路の動作に即した電流が流れていて、お互いに悪影響せずに、かつ安定に動作することが理想である。例えば整流回路のグランド、出力回路のグランド、初段・ドライバー段などの電圧増幅段のグランド、この電圧増幅段の定電圧回路のグランド、出力トランスの2次側のグランド、シャーシーグランドなど、L/Rチャネルを含めると10種類近くのグランドが存在する。これらをめちゃくちゃに接続すると、歪、ノイズ、セパレーション、安定性など測定で分かる性能に大きく影響する。しかし、この単信号での測定には表れない悪影響も存在する。これは今のところ実際に音を聴いて判断するしか無いのだが、これは2つ以上の信号があるときに、大きな信号が小さな信号を汚したり、マスクしたりする。混変調とは違い、共通インピーダンスによる悪さである。私はこれまで、これらのグランドを1点で結ぶように配線しているが、しかし実際には前にも述べたように、面積ゼロ、距離ゼロでこれらのグランドを1点で結ぶことは不可能で、何かしらある面積、距離、インピーダンスを持った物に接続しなければならない。
 そこで最近この1点で結ぶグランドの配線を見直した。理想どおりの配線には出来ないが、インピーダンスを持った導体でも、お互いの影響、特に音に影響しないようにこれらの配線の順序が正しくなる方法を考えた。説明し難いが、この10種類近くのグランドを有限なインピーダンスを持つ導体で結ぶが、それぞれ異なる電流が被らないように整理したことだ。もっと正確に言うと実際には被った部分はあるが、性能、音への影響を最小限にしたということだ。整流回路にはリップル電流が流れ、出力段の電流はABクラス動作でしかも音楽信号・スピーカーのインピーダンスの変動でその電流は大きく変動する。これらの影響を最小限に抑える配線の仕方と言って良いかもしれない。
 効果は素晴らしかった。中低音の伸びも良くなり、また音の余韻も良くなった。僅か1cm程度の配線位置の変更だが、これで音が大きく変わり、更に高い次元に上がった感じがする。皆さんには信じられないかもしれないが、理論的には正しい配線の仕方であり、単信号の測定では検出できないが、音楽を聴くと効果が認識できる。(それは耳は複数の楽器があっても分析的に聴き分けることができるが、測定器ではそれはできないからだが。)
 プリアンプにも同じ手法を用いて、改善を行った。プリアンプでは効果が少ないのではと最初は思っていたが、実際にはこのグランドの配線改善により、こちらも音の繊細さがました。このプリアンプは反転アンプなので、実際使用レベルでのS/Nは良いのだが、さらに聴感上のS/Nが増し、余韻などが増して、こんな響きなのかと再認識する位変化した。
 アナログはだから面白い。見えない敵を探し、それを何とか退治すると、理想に近づいていく。先はまだ長いだろうが、これらとの格闘が仕事だから、効果が表れたときは素直に喜べる。こういう小さなことの積み重ねが、製品の質に表れる。







2007年9月1日

<スピーカーの配置>
 これまでアンプの細部の見直しはいろいろしているが、スピーカー配置、あるいは部屋についての実験はしたことがなかったのでやってみることにした。アンプだけの変更でなく、部屋全体での改善が必要と思えたので、スピーカーの配置について実験をした。実験と言っても測定器でデータをとる訳ではなく、耳での試聴だから、客観的にはならず多分に主観的な結果になっている。
 部屋の音響については、元テクニクスの石井伸一郎氏が研究されている。ウエブでもそのレポートが載せられているので先ずそれを読んだ。部屋の定在波についてその発生の仕方や、部屋の定在波の節となる所の位置など、3次元で示されたデータなどは大変参考になる。一通りこれらの理論を読んでから、スピーカーや試聴位置を変えながら試聴を繰り返した。石井氏の理論によれば、部屋は横長に使ってスピーカーを配置した方が、音響空間が広く取れ、また部屋の定在波の影響が少なくなるポイントが探しやすくなると書かれている。我が家の試聴に使う部屋はリスニングルームではなくただのリビングルームで、形は変形している。部屋の壁は平行でない。スピーカーの後ろ面はスピーカーに対し平行でなく、またスピーカーの後ろは1階との吹き抜けがあり、後方に発生した音は1階に漏れるような部屋作りになっている。更に左側はまたスピーカーの配置と直角な面にはなっていない。また障子やふすまがあり、とても変形な部屋で音楽を聴いていることになる。アンプの低音は大分改善されてきたので、さらに部屋まで含めた音質改善をこころみた訳だ。これまでは部屋は横長になるようにスピーカーを配置していたが、試しにスピーカーの配置を部屋が縦長に使うように移動してみた。理論の通りになるべく、定在波の影響を受けない位置に配置して試聴したが、音が広がらない。これまでよりつまらない音になってしまった。そこで元の位置に戻し、定在波の節にならない場所に再設置し、スピーカーの向きの調整をした。結果私の好みとして、スピーカーの配置は、これまでより少し広角度で、試聴位置と正三角形になるような位置が好みのポイントとなった。またスピーカーの向きもより内側方向に向けた。スピーカーの間隔を広げたことにより、音の空間が広がり、楽器の分離が良くなるように感じた。また向きを調整することにより、センターに定位する音源の厚みが変化する。ボーカルあるいは録音にもよるがベース、ドラムスなどセンター付近にある音像の音の厚みが増え、これも好ましい音になった。B&W805S(805ではないが)の周波数特性、特に指向感度特性(水平90度)を見ると、200Hz辺りで幾分へこんでくる。だから、スピーカーの向きを内側に向けた方が、センターに集まる200Hz近辺の音に対しては有効になっているのかと勝手に想像している。今回は耳だけの結果なので客観的な結論ではないが、聴感上好ましい方向には変化した。
 アンプを設計していると、アンプしか見えないが部屋の影響もかなり大きい。これほど大きく変化すると、オーディオの難しさを感ずる。アンプではf特、音色、ノイズ、響きなどが変化する。部屋はf特(特に低域音)、立体感、楽器の位置などが変わる。どちらも音楽再生ではかなり音楽への印象に影響する。アンプ職人としてはどの範囲までその技術を追求していったら良いのか考えてしまう。
 皆さんにも一度スピーカーの配置を変えて実験してみることをお勧めする。音の雰囲気、低音の出方などが大きく変わる可能性は十分にある。

参考資料
Web Site
・Technicsオーディオ倶楽部
・HOTEI'S WebSite
雑誌
・STEREO SOUND  2005・SUMMER  No155
 特集 試聴&測定で探る現代スピーカーの魅力


 試聴に使っている部屋の様子。スピーカーの後ろは1階への吹き抜けになっていて、また壁が平行になっていない。理論的には最適な部屋とは言い難いが、それでも私はこの環境で如何に美しい音楽を再生させるかを楽しんでいる。






2007年8月21日

<フランスからのお客様>
 この夏フランスから来た二人の若者を家に泊め、また富士山を見たいという希望をかなえるために河口湖に連れて行った。3日程のお付き合いだったが、外国人を泊めることは初めてのことで、良い経験ができた。
 この二人30そこそこのカップルで始めての日本訪問だった。最初関西方面を旅し、その後関東の旅を続ける計画で、新横浜で彼らをピックアップすることになった。最初の印象が面白い。ほとんどの荷物を彼(S君)が大きなリュックに担ぎ、彼女(Vさん)は小さなリュックのみというバックパッカーだ。あちらの男性は大変だ。二人分の荷物を持ち、行動はレディーファーストだから、歩くときも我ら男性が後ろからついて行く感じだ。
 旅での好奇心はすごい。一番感心したのは食事。何でもきれいに食べてくれる。我が家の家庭料理は勿論、富士五湖でほうとうや鰻重を食べたが、上手い上手いといってきれいに平らげてくれる。ほうとうの味噌味でも平気、キャベツの漬物、たくあんも平らげる。旅館で出た全てのお皿をきれいに食べてくれた。それも美味しいと言って。関西でも全て美味しかったが何を食べているのかが分からないと言っている位だ。恐らくアメリカ人ではこのようにならないだろう。フランス人の食の文化とチーズなどの発酵物にも慣れているからではないだろうか。旅館の大浴場も平気だった。すでに関西で経験済みもあるが、富士山の景色が素晴らしい旅館の大浴場も楽しんだようだ。
 好奇心は旺盛だがマナーも素晴らしい。礼儀正しく、しかしたくましさを感ずる。ツアーには参加せず、全て自分達で調べ、予約して回っている。(日本語はまったく理解できないにもかかわらず)だから我々にいろいろ質問してくる。文化、民族、政治、食事、スポーツ、お土産あらゆる分野で彼らから見ると不思議に感ずることをたくさん質問してくる。こちらは英語は女房の方が出来るので女房が答え、私が少しフォローする。彼らのこの好奇心にはエネルギーを感ずる。
 最近は日本の若者との接点は少なくなったが、どうしても比較してしまう。これ程、日本の若者は日本、外国でエネルギッシュに行動出来るのだろうか。本当に良く食べ、おしゃべりをする。また旅の楽しみ方も若者らしい面もある。旅館にあるPCを利用して、日本で撮った写真を自分のブログに載せていた。見せてもらったら、早速家族から面白いコメントが書いてあって、こういう旅の楽しみ方もあるのかと感心させられた。
 見かけはきれいとは言えない身なりのバックパッカーだが、マナー、行動力、好奇心など大いに感心させられた。S君、普段はTシャツ、七分丈ズボン、ゴムぞうりだが、風呂上りの浴衣姿ではほのかな香りを漂わせる。エレベーター、車では必ず女性が先。こんな様子を見ていると、外国の方と行動を一緒にするのも面白い。昔フランス人はフランス語しか話さないという風評もあったが、今はかなりインターナショナルな人たちであった。
 今の日本の若者は携帯などのメールによる会話が多いと聞く。それに比べこのフランス人お二人の行動、特に食事、会話、マナーは人とのコミュニケーションの大切さを知る。
 今度、フランスに行くことがあったら、向こうで逆に案内してもらうことを約束して、このお二人との楽しい旅は終わった。


西湖から見た富士山。

夕方訪れたが、静かで自然の残る良い場所だった。回りの観光客の皆さんも静かにこの風景を楽しんでいました。







2007年8月11日

<フェルマーの最終定理>
 サイモン・シン著<フェルマーの最終定理>なる本を読んだ。これは数学の本ではなく、この定理の証明に挑戦した何人かの人物についての物語だ。普段このような類の本は読まないが、本屋に文庫本のお勧めコーナーに山と積まれていたので読んでみた。数学的な内容は理解できないが、本のストーリーは面白くできていて、面白かった。特にこの本に書かれている数学の天才達の話は面白かった。
 フェルマーの最終定理とはx+y=z(nは3,4、5・・・)という方程式には整数解x、y、zは存在しないという問題で、これを証明した人は350年間現れず、1994年アンドリュー・ワイルズという数学者により初めて証明されたという。これがこの本の内容なのだが、この本には多くの天才数学者が登場してきて、その話がとても面白い。
 先ずはピタゴラス。有名なピタゴラスの定理「直角三角形の斜辺の2乗は残りの辺の2乗の和に等しい。x+y=z」を考えた人。ピタゴラスは紀元前6世紀に生まれた人で、この時代にピタゴラス教団というのを作り、「数には数の論理がある」と数学思想を持った人。尚、n=2の時の整数解x、y、zは無数に存在することはこの時代に証明されていたらしい。(nが3以上になると存在しないというのがフェルマーの最終定理)
 フェルマーは1601年生まれのフランス人。本職は役人であって数学者ではないらしい。しかし、ピタゴラスの定理に似たフェルマーの定理を導き出し、整数解が存在しないことを証明できるかと、謎を掛けて死んだ。彼の死後、多くの数学者が挑戦したが、350年以上もの間、証明できる人はいなかったようである。
 ワイルズの証明のなかで重要な役割を果たす日本人が二人いる。<谷山=志村予想>と呼ばれる未証明の予想を考えた日本人二人。この予想が証明出来れば、フェルマーの最終定理も証明できることが分かり、ワイルズはこの谷山=志村予想を証明し、結果フェルマーの最終定理も証明した。フェルマーの最終定理の証明そのものは他で役立つことは少ないが、谷山=志村予想を証明したことは、数学分野で大きな貢献とされていて、こちらの証明のほうがずっと重要なことらしい。こんな日本人が数学界にいたことは誇らしいことだ。
 あと興味を持ったのがエヴァリスト・ガロア。1811年生まれのフランス人。何故この数学者に興味があったかと言えば、昔、CDを勉強していたとき、このガロアが考えたガロア体という数学が出てきたからだ。ガロア体というのは、「有限な数の要素からなる集合で、これらの要素を演算(加減乗除)してもその解は同じ有限の要素になる」というもの。通常、割り算の答えは無限個の集合になり、有限個の集合にはならないが、ガロアは有限になるという集合を考えだした。実はこの考えがCDのエラー訂正に応用されている。8ビットからなる要素(256個)を四則演算し、その答えも同じ256の要素の集合からなるというものだ。この理論があるので、CDはエラーしてもそのエラーの位置を検出し、また訂正できるようになっている。200年以上前に考え出された概念が、何と民生機器のエラー訂正に使われている。このガロアの生涯がまた面白い。貧しい生まれのため、数学の勉強は15歳から始め、何と21歳の時、恋人をめぐる決闘で死んでしまう。たった6年程度の数学の勉強で、すごいことを考えだしてしまった。言葉にならない天才だ。
 この本を読んでいると、昔(ギリシャ時代)から今まで、それほど知能の差はなく、天才的な人は時代に関係なく、素晴らしい仕事をしていることを知る。今は教育環境も良くなり、また多くの定理の証明がなされているので、その上でより高度な証明がなされているのであろうが、人間の知能の面では、昔も今も変わらないような気がする。世の中にはいつも天才がいるものだ。


私が使用しているCDプレーヤー。
SONYXA50ES。昔、設計担当者に薦められ購入した。音は満足している。

 ガロアが生きていたら何と言うのだろう。彼が考え出した数学が音楽再生に応用されている。






2007年8月1日

<音の良い真空管U>
 前回出力管ついて内部抵抗と相互コンダクタンスから見た性能比較と音の関係について述べた。今回また別の要素から音の良い真空管について述べてみよう。
 前回にも述べたようにアンプは正確にスピーカーに信号を送りこむことが仕事だが、スピーカーというのはそのインピーダンスが大きく変化し、よくアンプのドライブ能力という言葉が使われるが、如何にスピーカーを正確にドライブするかが問題になる。理想のアンプと言うのは定電圧で無限大の電流供給能力を持つものが良い。定電圧ドライブは前回述べたアンプの出力インピーダンスを出来るだけ下げことが求められる。では電流供給能力はどのように性能を見れば良いのだろうか。電源回路などは十分能力があると仮定して、出力管の能力は何を求めれば良いかを考えてみよう。
 普通に考えると大きな出力が出せる真空管ほど大きな電流が流せるので、大きな出力が出せる出力管が良いとは言えるのだが、同じような出力を持つ真空管では全て電流供給能力同じなのだろうか。実はここは最大出力と電流供給能力とは比例していない。最大出力はプレート損失の大きさにほぼ比例するが、最大電流は比例していない。特性図を見ればゼロバイアスの時に流せる電流で判断できるが、その図がなくても判断できる。それはヒーター電力の項目だ。資料によると電子放射はヒーター電力に比例するらしく、ヒーター電力の大きな真空管ほど最大電流(尖頭電流)が大きく取れる。だからアンプの出力管としてヒーター電力を比較して並べてみると、これまたKT88、6550、6CA7、6L6の順になる。(6CA7は6L6に比べプレート損失は小さいがヒーター電力は大きい。)小型管の比較では6BM8、6BQ5の順になる。(6BM8は6BQ5よりプレート損失は小さいがヒーター電力は大きい。)これも前回と同じ結果となる。
 こじつけと思われるかもしれないが、真空管の見方として読んで欲しい。私はこのヒーター電力のことで失敗した経験がある。ヒーターへの電流供給を電源トランスの能力を少しオーバーさせて使っていたら、(8.5%オーバーだけだったが)何か元気のない音だった。原因が分からず結局ヒータートランスを追加し配線をやり直した結果、原因がヒーター電源だったという経験がある。その時ヒーター電力というのは電流供給能力に影響するものと認識した。真空管はヒーターで動いているのだ。この出力管に流れる尖頭電流を計算してみると以外に流れていることが分かる。例えば8W/8Ωの出力時、負荷が4Ωに変化したとすると、1次側(RL=5kΩの時)の出力管に流れる尖頭(ピーク)電流はアイドリング電流(50mAとして)も含めて約270mAにも達する。これはB&W805のようなスピーカーをドライブする時には、かなりの出力管の電流容量が必要であることを示している。となるとヒーター電力の大きな出力管が欲しくなる。(これができない時は4Ω端子出力も効果ある。)
 だから私はアンプを設計する時、どんなスピーカーを使い、どんな音楽をどのように聴くかを聞いて設計するようにしている。
 どうでしょうか。真空管アンプというのはすでに廃れたデバイスだが、このように考えていくとまだ面白いものです。



 実験機の6550pp(UL)。大きなVAのトランスですが、ヒーター電力の余裕がなく、小型ヒータートランスを追加しました。ここらの配慮も欲しいところです。
 以前より6550の実力が発揮されてきたと感じています。
 真空管はヒーターで動作しているのを実感した次第です。






2007年7月21日

<音の良い真空管T>
 真空管アンプを設計する時、先ずしなければならないことは出力管を選ぶことから始める。幾多ある真空管からどの出力管を選んだら良いかはアンプを設計する時重要な要素となる。とはいうものの、現在、値段や入手の容易さから考えるとかなりその種類は絞られてきて、数種類の出力管から選ぶことになるが、これらの中からどのように選んだら音の良いアンプが出来るかが設計者の考え方が出てくる。私の場合について述べてみよう。 私は先ず真空管アンプを設計する時に、先ずは出力をどの程度にするかを決める。これは出力トランス、電源トランスにも影響するので、アンプ全体の構成、コストに大きく関係してくる。ではそれが決まるとでは次にどのような性能の出力管を選んだら良いのだろうか。話を少し原点に戻して、では音の良いアンプとはどういう物かというのがまず必要になる。私が考える音のよいアンプの要素の1つとして、出力インピーダンスが低いことが必要と考えている。アンプの出力インピーダンスはNFBの掛かったアンプでは、
 =R/1+Aβ
 Z:アンプの出力インピーダンス  A:アンプの裸ゲイン  β:帰還率
 はアンプのNFB無しのときの出力インピーダンスだが、出力管の内部抵抗に比例した値となる。Zを小さくするにはRを小さくし、Aを大きくすればよいことになる。これを更に言い換えると、内部抵抗rが小さく、かつgmの大きな出力管が出力インピーダンスを小さくする能力に長けた真空管、すなわち私が考える音の良くなる真空管と考えている。βについてはいろいろな方式を使い、3極管接続、UL接続、カソードNFB、ローカルNFB、オーバーオールNFBなどいろいろな回路を駆使し、なるべく安定してかつβが大きくなる方法を取る。ここでのNFBはすべて電圧帰還であり、逆に出力インピーダンスを上げる電流帰還は悪玉となる。
 ここで具体的な真空管でrが小さく、相互コンダクタンスgmの大きな出力管を調べてみよう。出力30W以上取れる出力管で入手し易い5極管(ビーム管)でこれらの特性の良い物を調べて並べてみると、KT88、6550、6CA7、6L6GCの順に並べられる。細かい数値は省略するが、この順序を見てみると、一般に世間で音が良いと言われている出力管の順になっている。小型管の6BQ5、6BM8では甲乙つけがたいが、内部抵抗の低い6BM8の方が私は良いように思える。
 今回、出力インピーダンスから見た、出力管の特性を並べてみたら、面白い結果が出た。世間で言われている音の良い真空管の順序になった。3極管は入手が困難で普段私は使わないので省いた。アンプの音と言うのは出力管だけでは決まらない。だからこれが全てを決める訳ではないが、出力管を選ぶには何を重要視して選ぶかということは大切なことだ。ある結果を期待してアンプを設計するとき、そこに明確な設計思想がないとそのような結果は得られないからである。結果オーライでは本質が見えてこない。音と真空管の特性の関係はまだ十分分かってはいないが、一つの見方として考えてほしい。


設計時に使用している資料。
 左の2冊は友人からいただいたもの。今となっては大変貴重な資料です。今は真空管についての資料が少なく、貴重なものです。
 右は真空管マニュアルです。こちらは今でも販売されていると思います。

次回もパートUを書いてみようと思っています。







2007年7月11日

<6BM8 pp その2>
 今回制作した6BM8pp(UL)アンプをお使いのお客様から、このアンプの特長を教えて欲しいとのご意見があり、この紙面を借りて説明することにした。
 このアンプの特長は初段、2段目と直結の差動増幅器が使われた。回路全体では全段プッシュプル構成になっている。何故こんな構成にするかは、必然性があるからなのだが。プッシュプルアンプは信号の正負それぞれの増幅を別々の出力段が受け持ち、効率、出力、歪の点でシングルアンプに比べ優れている。この増幅方式には位相反転回路というのが必要になるのだが、これまでの真空管回路では初段はシングルエンドの増幅器、2段目が位相反転増幅器の構成が多い。一方半導体アンプではほとんどのアンプがプッシュプル構成で、初段から差動増幅器を使用している。差動増幅器というのは素晴らしい回路で、直線性も良い、電源からの影響も少なくなる、位相反転になる、NFB回路が簡単に作れるなど、多くの利点がありこれまで半導体では多く使用されている。これは真空管でも同じことが言える訳で、それを応用した。また、さらに性能を上げるため、差動入力の共通カソードには半導体による定電流電源を使用しているし、このところにACバランスの半固定抵抗を使い、ばらつきの大きい2つの真空管の動作を合わせることもしている。また3極管の差動増幅なのでプレート抵抗は低く、差動増幅とは言え電源からの影響も受けるで、電源は半導体による定電圧電源も採用している。このような構成を作った結果、最小歪は0.01%に近いところになるし、ノイズ、セパレーションも良くなっている。
 次の特長は低出力インピーダンスのアンプになっていることだ。6BM8という真空管は5極管にしては低プレート内部抵抗で、これが良い結果を生んだ。ダンピングファクター(D.P)が28というのは真空管アンプではかなり大きい部類に入る。この効果はスピーカーのインピーダンスの変動に対しても、周波数特性を悪化させない効果を持つ。またスピーカーの過渡応答の改善にも寄与し、聴感上では音の立ち上がり、切れが良くなり、楽器の分離の向上などスピーカーの制動能力を上げる効果を持っている。
 他にも電源には半導体によるリッピルフィルターや初段ヒーターはDC点火など、電源による影響を極力減らす設計をしている。

 今回制作した6BM8ppアンプは万能のアンプではない。理想を言えばもっと出力は欲しいし、もっと良い性能のトランスを使用したらさらに性能アップするだろう。しかし、物事にはバランスというものが必要だ。お客さまからいただいたご要求と、私の考えるアンプの接点が今回の6BM8ppのアンプとなった。
 アンプは如何に忠実に入力信号をスピーカーに伝えるかが仕事だ。この仕事をさせる為に、差動増幅、定電圧電源、低出力インピーダンスなどが必要と考え採用した。また配線についても注意深い配慮がなされている。一つの事象だけで音が良くなる訳ではない。これら他も含めてトータルでMYプロダクツのアンプの特長が出来上がっている。
 何々の銘柄の真空管・部品を使用したからこのような音になったというものではない。



 くちなしの花。
 昨年植えた株が今年咲きました。いい香りがしています。この花、葉が虫に食われやすく普段の手入れが必要。気がついたのですが、開花は夜するようです。おもしろい花です。






2007年7月1日

<6BM8 pp>
 6BM8を使ったプリメインアンプをこのほど設計した。6BM8と言えば5極管の出力部と3極管の電圧増幅部が一つの管に入った複合管である。お客様の要望を聞いてアンプの検討に入った時、出力・コストなどからこの球を候補に上げた。昔は6BM8という球は簡易型アンプに使われた。これ1本で簡単なアンプが出来てしまうからだ。またこの球の良いところは、低電圧動作が可能なところで200Vのプレート電圧で2,3Wの出力が可能であり、大げさにしないシステムでは使いやすい球になっている。今回は要求から6BM8のpp(UL接続)を第一候補として設計を進めてみた。これに合うトランスはあるか、真空管の入手は簡単か、特性は出るかなどさまざまなことを確認しながら、最後にこの球に決めた。決め手になったのはこの球の出力部の内部抵抗が以外と低いことが分かり、試してみたい衝動にかられたことが大きい。6BQ5の半分位の値で、6BM8で設計すれば高ダンピングファクター(以下D.F)のアンプが作れそうだという直感が働いた。これは面白そうだ。ただ、友人からもらった昔の雑誌などで電圧増幅部(3極部)を調べてみても、その特性が載っていない。どの程度の動作点で設計して良いか分からなかったが、まあこの部分は動作をさせながら良い動作点を探せば良いので、とりあえず設計し動作を確認していった。
 結論から先に言うと、非常に良いアンプが出来上がった。アンプ構成はアダージョと同じ差動2段、6BM8(UL接続)のプッシュプル構成。大変豪勢な回路になっている。更に電圧増幅部はいつものように定電圧電源を使用した。また今回新しい試みとして、メインの電源にチョークコイルを使わず、強力なリップルフィルターを採用した。ダーリントン接続された大型トランジスターを使用し、ヒートシンクで熱設計も十分、また過電流保護回路もついており強力電源になっている。
 
私の予想はすべて当たった。一つは電圧増幅部の動作点が最初の設計時点でずれていたこと。この球は余り電流を流せないようだ。12AX7に近い動作点になる。1mA以下で動作させる球のようだ。またD.Fについてはなんと28(8Ω)という数値が得られた。予想通りの内部抵抗のようだ。電源インピーダンスが低くLRセパレーションも95dB以上得られ、申し分なし。最大出力も250Vの電源で10W(5%歪)が得られ、この球のサチュレーション特性の良さが出ている。

 特性的には予想通りの結果が得られたがさて音はどうだろう。これがまた良い結果が得られている。低インピーダンス電源と高D.Fから得られる音は楽器の分離が良く、また柔らかい音がする。新しい電源回路も良いようだ。低音の出方が自然で無理がない。全体的に音がナチュラルな感じがする。6BM8という球の良さを認識した。手ごろで面白い球だ。
 お客様の反応が楽しみだ。このお客様は主にジャズをお聴きになるようだが、このアンプはクラシックも素晴らしい。6BM8のアンプでもっと音楽を楽しんでいただけたら最高だ。今回の設計でまた新しい小さな喜びが発見できたようだ。
 



6BM8ppアンプの一部の様子。

納入した日に早速お客様からメールをいただきました。その抜粋を紹介しますと、

「早速聴きました。音が鮮烈でセパレーションも素晴らしく、まるで別テイクを聴いている気持ちになりました。ボーカルやサックスに磨きが掛かり、美しくなりました。低域も適度に締まって良いです。とりあえず報告します。」

との、感想をいただきました。
 このように喜んでいただけるとエンジニア冥利に尽きます。

次回のコラムにもこの6BM8ppアンプの紹介をします。
 



元のページに戻る