写真左:バランス型EQアンプの正面。左が電源部、右がアンプ部。電源表示はアンプ部に3φのアクリルを通して点灯している。
写真右:同アンプの後面。入力はXLRのみとし、出力はXLR,RCA出力を設けた。MCの負荷員抵抗切り替え、MC/MM切り替えも後面パネルに設けた。
初めに
バランス型EQを設計したのでレポートとしてまとめてみた。回路設計は最初からうまく性能が出るとは限らない。大抵の場合最初はうまくいかない。特に初めて設計する回路は、回路を検討しながらここが悪いとかあそこが悪いとが次第に分かってきて、回路の完成度が上がってくる。こうした場合、僕のような歳になると回路を変更している時は回路の変更理由を良く覚えているが、完成して1年も経つとあそこはなぜこんな回路・値にしたのかとか、性能はどの程度だったかを忘れてしまう。人間困っている時は良く覚えているものだが、トラブルがなくなり安心すると忘れてしまうようだ。そんなこともあり、僕は回路が出来たときは忘れないために、なるべくレポートに書くようにしている。だからこれは僕自身のために書いている。すでに数か月前にした変更理由をもう忘れかけている。
これは自分の記憶のために書いているので丁寧な説明にはなっていない。読者の皆様にはその点ご了承ください。
イコライザーアンプ(以下EQアンプ)を設計するにあたりどのような構成のアンプを設計しようかと考えたが、これまでパワーアンプ、ラインアンプとバランス型のアンプを設計した経験からその低音の違い、良さを認識していた。そしてカートリッジという微小電力でノイズの影響を受けやすく、かつ出力がバランス出力として扱い易い形になっているので、EQアンプはこれもバランスアンプで設計するのが最もカートリッジの性能を出しやすいアンプであると想像でき、是非トライしてみようという考えに至った。もちろん真空管でアンプを構成することを最優先で考えてみたが、ローノイズのアンプを検討すると、真空管でMCカートリッジ対応のEQアンプを設計するには無理があり、やむなくヘッドアンプをトランジスタで、EQ部を真空管で構成することにした。
このレポートはバランス型EQアンプの設計方法とその設計結果をいくつかのパートに分けて説明する。
・レコードプレーヤーのバランス出力化
・バランス型半導体ヘッドアンプの設計
・バランス型真空管EQアンプの設計
・定電圧電源の設計
・測定結果
以上5つのパートに分けその設計方法と結果を報告する。
<レコードプレーヤーのバランス出力化>
バランス型EQアンプの回路を考える前にレコードプレーヤーのバランス化を考えなければならない。というのはほとんどのLPレコードプレーヤーのカートリッジ出力はアンバランスのRCA出力になっている。だから出力ケーブルのバランス化を最初に行う。カートリッジ出力からの信号はアームの下にあるDINコネクター5Pを介して1芯シールド線2本でL/RのRCAピンにつながっている。よってDINコネクター以降の線やコネクターを変更すればよい。
・DIN-5Pの仕様
DIN-5Pの接続仕様は決められているようなのでそれに従って新しい2芯シールド線を半田付けする。DIN‐5Pのピン番号と信号との関係は
1番ピン:L-Hot(白)
2番ピン:L-Cold(青)
3番ピン:グランド(黒)
4番ピン:R-Cold(緑)
5番ピン:R-Hot(赤)
1,2番ピンはLチャンネル2芯シールドのHot/Cold線に接続(シールド部分はアンプ側XLRのグランドのみに接続)。4,5番ピンはRチャンネル2芯シールドのHot/Cold線に接続(シールド部分はアンプ側XLRのグランドのみに接続)。
3番ピンは別のワイアでEQのシャーシーグランドに接続する。
カッコ内の色はカートリッジからでている信号の色と同じ。
・XLRの仕様
アンプ側のコネクターはXLRを使用し
1番ピン:グランド
2番ピン:Hot
3番ピン:Cold
とすればよい。
この変更ケーブルをアーム下から出ているDINコネクターに挿しかえればこの作業は終了する。
<バランス型半導体ヘッドアンプの設計>
・回路構成
バランス型EQアンプの構成を考える時、なるべく簡単な回路構成でかつホット・コールドアンプの特性のばらつきが少ない方法を考えた時NF型のEQアンプが構成として最も設計しやすいと考えた。次にバランス型の負帰還方式として反転アンプ方式と非反転アンプ方式が考えられるが、これはEQアンプの特性を考えると必然的に非反転アンプになってしまう。その理由は次のように説明できる。
MMカートリッジ入力を考えたとき、EQアンプの入力インピーダンスは50KΩ程度を要求される。反転アンプでこの仕様を満足させるとすると、入力に50KΩがシリーズに挿入されることになる。(バランス入力だとHot/Coldに25kΩずつ)ところがアンプのノイズを考えると入力端にすでに50KΩの抵抗が繋がれるとこの抵抗からノイズが発生し(熱雑音)、その値はー115dBv((RIAA)+(IHF-A))程度となり、さらにアンプ初段のノイズが加わると更に悪化し、MMカートリッジ用のEQアンプとしてのノイズ性能が取れなくなる。非反転アンプで設計すれば入力抵抗によるノイズ悪化の心配はなく、よって必然的にバランス型EQアンプは非反転型EQアンプになる。
ヘッドアンプの回路構成はMMカートリッジのような大きな入力インピーダンスを要求されないので、反転型アンプでも可能だが、入力インピーダンス切り替えなどを考えると非反転型の方が設計自由度が大きいのでこちらも非反転型のアンプで構成することにした。
・ノイズ設計
ヘッドアンプの設計で一番大切な点はノイズである。このヘッドアンプのノイズ仕様の設計目標を入力換算ノイズで-140dBv程度((RIAA)+(IHF-A))と置いた。これはMCカートリッジをDENON DL-103を想定しており、この出力が0.3mV(-70dBv位)だから、-140dBvならばS/N比は70dB取れるとして(FM放送のS/N比程度)実用上問題ないと判断した。
それでは入力換算でー140dBvのヘッドアンプはどの様に設計するかを説明する。
まず非反転アンプの入力はどのような回路になるかを示す。
NPNトランジスタ2個で差動増幅器を形成する。それぞれのベースがホット・コールドの入力端。エミッタが負帰還回路を形成する。これが非反転アンプの入力回路である。
図3 入力回路の差動増幅器
トランジスタのノイズ
最初に初段のトランジスタノイズを下げるにはどうするかを考えなければならない。文献によると次のようなノイズが発生する。
1)ショットノイズ
ショットノイズはトランジスタのPN接合で発生するノイズ電流で
コレクタ電流によるノイズは
In=√(2qIcΔf)
q:電子の電荷(1.6x10-19C)
Ic:コレクタ電流
Δf:測定帯域幅
このショットノイズInはコレクタ電流Icの√に比例して増えるが、しかしこの時のゲインを考えてみると
Gm=qIc/KT
K:ボルツマン定数
T:絶対温度
となり、ゲインはコレクタ電流Icに比例して増える。
よってショットノイズのノイズ電圧を考えてみると(ショットノイズの電圧化)
Vn=In/Gmより、
=√(2qIcΔf)・KT/qIc
=√(2Δf/qIc)・KTとなり
入力換算ノイズ電圧で考えると、トランジスタのコレクタ電流によるショットノイズは電流のルートに反比例して少なくなる。すなわち電流をたくさん流した方がS/Nが良くなることが分かる。ここで面白いことはこのショットノイズ電圧はトランジスタの種類によらないことである。どんなトランジスタでも同じショットノイズが発生している。
それではコレクタ電流をたくさん流せばノイズは無限に小さくなるかと言えばそうはならず、ベース電流によるショットノイズのために制限を受けることになり、ある電流値以上になるとまたノイズは悪化してくる。
そこでベース電流によるショットノイズの影響があるのでhfeの大きなトランジスタを選ぶことが重要になってくる。
2)rbb
トランジスタのノイズはこれだけではない。もう一つ重要なのがベース拡散抵抗と呼ばれるところから発生するノイズ。これは仕様書上ではrbbと呼ばれる項目で書かれている。
ここで発生するノイズは熱雑音(ジョンソン雑音)と呼ばれるもの。
Vn=√(4KTrbbΔf)で表される。
よってノイズを少なくするにはこのrbbの小さなトランジスタを選ぶことになる。
これらのノイズ現象をグラフにしたのがトランジスタの仕様書に出てくるNF(Noise Figure)という図である。これを見てだいたいの動作点を決めることになる。一般にローノイズトランジスタと言われるものからそのNFの小さい領域が広いものを探し、NFが小さくなる動作点で使えばローノイズのアンプが設計できる。
秋葉原で入手出来るのが第一条件でその中で仕様を調べた候補として、まずは2SC2240と2SC3329とした。探せばまだ他にあるかもしれない。
最終的には2SC3329(BL)を採用した。NF図の領域が少し広そうだし、rbbの値が示されていたのが理由だ。
動作点をどこにするかはNF図から5~10mA程度と思われるが、動作点はノイズだけで決まるわけではなく、アンプの安定度なども考慮する。またあまり多く流すとフリッカーノイズも増える。まずは5mA程度の動作点で回路を設計してどの程度のノイズ量になるかを概算で算出してみる。後で説明する。
3)その他のノイズ
初段の選択とおおよその動作点が決められたがその他のノイズ要素はどのように決められるのかを考える。
3-1)エミッタ抵抗
入力回路はバランス入力で差動増幅であり、ノイズに一番影響するのは両エミッタ間に挿入する抵抗である。(図3のRE)
この抵抗から発生するノイズは熱雑音(あるいはジョンソン雑音)で、rbbと同じ種類のノイズである。だからこれも小さい値の方がよいのだが、こんどはそうすると出力段からの帰還抵抗(図3のRNF)のインピーダンスも下げなければならない。するとヘッドアンプの出力段の負担が増えて(電流を多く必要)くる。ヘッドアンプの場合ゲインは20dBで、大きな出力を必要としないが、ノイズと回路の負担とのバランスを考慮して抵抗値を定めることになる。とりあえずエミッタ―抵抗値を定め、その時のエミッタ―抵抗値からノイズ量を算出することになる。
3-2)次段アンプのノイズ
ノイズは初段アンプの影響が最も受けるが、設計を間違えると2段目のアンプのノイズの影響が出る。よって回路構成を考える時、2段目もローノイズトランジスタを使用し、回路定数、動作点も考慮する。この影響は2段目のノイズをVn2、1段目のゲインをG1とすると、1段目に表れる影響は
Vn122=Vn22/G12となる。
実際今回最初の設計では2段目の設計が悪く、これが1段目に悪影響していた。ヘッドアンプのような超ローノイズを扱うときには考慮が必要となる。
3-3)電源
電源からの回り込むノイズも考えなくてはならない。
リップルは完全に無くし、低インピーダンスであることが必要だ。
今回はFETを使用した定電圧電源を設計した。結果は後で説明する。
・ノイズ量の算出
ヘッドアンプのノイズを概算で算出してみよう。
使用トランジスタは2SC3329、半導体仕様書からこの時のrbb=2Ω。
電流は5mAから10mAだから5mAと10mA時のノイズ量を算出する。
ショットノイズ電圧Vnは
Vni=√(2Δf/qIc)・KT
T=300°Kとし、電流値IcをmA単位で表すと
Vni/√Hz=√(2・103/q)・300K/√Ic
=0.46nV/√(Ic)
よってIc=1mAの時
Vni/√Hz=0.46nV/√Hz
Ic=5mAの時
Vni/√Hz=0.21nV/√Hz
Ic=10mAの時
Vni/√Hz=0.15nV/√Hz
熱雑音はrbbとエミッタ―間の帰還抵抗となる。帰還抵抗を51Ωとして計算してみると
Vnj/√Hz=√(4KTR)であるから
R=2rbb+Re(帰還抵抗)=2・2+51=55Ω
よって
Vnj/√Hz=√(4KTR)=√(4・1.38・10-23・300・55)=0.954nV/√Hz
主にこれらのノイズが主流と考えるとホワイトノイズの計算値Vnは
差動増幅器によるノイズ源が二つあるから、
Vn2=2・Vni2+Vnj2
となり、Ic=5mAの時には
Vn/√Hz=0.995nV/√Hz
Ic=10mAの時には
Vn/√Hz=0.977nV/√Hz
このアンプをRIAA+(IHF-A)のフィルターに通した時の1KHzのゲインを基準にした帯域は3.48KHzとなり、単位をdBVに置き換えてみると
5mA時では
20Log(0.995nV・√(3.48KHz))=-144.6dBV
10mA時では
20Log(0.977nV・√(3.48KHz))=-144.8dBV
この計算によれば帰還抵抗が51Ωの時はこのノイズが優勢で電流値が5mAでも10mAでもアンプ全体のノイズとしてはあまり変化しない。
また5mA時でも計算上-140dBV以下のノイズ量になることが予想されるから初段トランジスタは5mA程度の動作点で設計してみることになる。その時でも計算上では最大-144dBV程度の入力換算ノイズになる。
・ヘッドアンプ回路説明
ヘッドアンプの回路を図4に示す。
初段、2段とも差動増幅器で構成した。
初段は前述したように2SC3329の差動増幅回路。この差動増幅のカソード側は2つの定電流源2SC1815で構成した。共通の電流源とすることもできる。2つにした理由は2SC3329がdualトランジスタ構成になってなく、2つの2SC3329特性のバラツキによる動作点への影響を少なくするためである。確認はしていないが、この構成の方がホット、コールドのDC出力の差が少ないと思われる。
2段目はノイズへの影響を考えこちらもローノイズトランジスタ2SA970の差動で構成した。最初の設計ではここは差動増幅でなく2つのエミッタ接地増幅回路を考えていたが、こうするとこの段のエミッタ抵抗が数KΩの値を取り、これがアンプのノイズに影響をしていた。よってこの段も差動増幅でエミッタ抵抗を470Ωにした。その場合この段のゲインが上がるのでコレクタ出力に47KΩを接地しゲインの調整をした。2段目の負荷となる定電流(使用トランジスタは2SC1815)はDCサーボの帰還点の役割も持つようにした。信号回路とは別になっているので、特性への影響が少ない。
2段目の差動出力は2つのバッファアンプに通して、ホット・コールド出力となっている。
バッファアンプはダイヤモンド回路と言われているもので2つのNPN、2つのPNPが相補的につながっていて、歪特性が優れている。使用トランジスタは2SA950、2SC2120、2SC2120、2SA950である。
アンプ全体はDCアンプ構成になっている。このままでは出力のDC電圧が不安定となってしまうので、DCサーボ回路を搭載している。このサーボ回路は出力電圧を-0.6Vに保つように制御している。なぜ出力を-0.6Vに保つかというと、出力から帰還抵抗240Ωで入力トランジスタのエミッタにつながれており、このエミッタ電圧-0.6Vと同じ電圧を出力も保たないと、この帰還抵抗(240Ω)に電流が流れ入力段の差動増幅の動作点が変わってしまうからである。DCサーボは出力電圧と同時に入力の動作点の安定に寄与している。
入力の差動増幅器のコレクタ出力のところに半固定抵抗がある。これはCMR(Common Mode Rejection)を最大にするための調整に使っている。実際には同相入力ゲインを最小にするように調整している。
入力と帰還素子用抵抗は金属被膜抵抗を使用した。精度と低雑音のため。他はカーボン抵抗。
MCの入力容量は50pF。
負荷抵抗は切り替え付きで10Ω/40Ω。
<バランス型真空管EQの設計>
バランス型イコライザーアンプは真空管で設計した。先に述べたようにここはNF型の非反転アンプとなっている。入力は差動増幅器で構成し、負帰還はこの入力差動増幅器のカソードに戻す形になっている。2つの帰還素子をRIAA素子に対応させればNF型非反転イコラーザーアンプになる。
・EQ回路構成
NF型EQは裸ゲイン(オープンループゲイン)を多く稼がねばならない。クローズドループゲインは20Hzで60dB程度必要だから、低域のオープンループゲインは最低でも70dB近く必要となる。NFの安定度を考えて増幅段は2段増幅にし、3段目はバッファー段にした。よって差動2段で大きなゲインを稼がなくてはならない。
1段、2段とも差動増幅器にし、終段はカソードフォロアで構成した。
・EQのノイズ設計
EQ回路はやはりノイズが一番のプライオリティーである。
真空管EQの入力換算ノイズレベルを-130dBv 程度と置いた。ここはMMカートリッジの入力端になるところで-125~-130dBv位は欲しいところだから、高めの目標値を設定した。
真空管から発生するノイズは、3極管の場合、等価ノイズ抵抗をReqとすると
Req=2.5/Gm
となるから、Gmの大きな球を使い、Gmの大きくなる動作点で使用すればよい。
今回使用した真空管は最終的には6922という球になった。6DJ8、6R-HH2と同等管である。設計当初は6R-HH2を考えていたのでそのデータを利用した。
半導体ヘッドアンプの例と同じように真空管で電流をたくさん流せばGmは大きくなり、(ただしグリッド電圧は-0.7V以下で使う。初速度ノイズのため)ノイズ特性は良くなるが、こちらもアンプの安定性も考えなければならない。ヘッドアンプと同じように概算でノイズ量を計算しておいて、大体の動作点を決めておき、後で実際の回路での安定性などを考慮しながら動作点を決めていく方法を取る。
ここで発生するノイズは熱雑音でその等価ノイズ抵抗がReqということだから、3極管で発生するノイズは
Vreq=√(4KTReqΔf)となる。
まずはReqを算出してみると
真空管ハンドブックの「6R-HH2グリッド・プレート電流特性」「6R-HH2グリッド・相互コンダクタンス特性」からおおよそのGmを推測してみると、
プレート電圧90Vのとき
Ip=5mAで5m℧程度
Ip=10mAで8m℧程度である。
よってReqは
Ip=5mAで
Req=2.5/5m℧=500Ω
Ip=10mAで
Req=2.5/8m℧=313Ωとなる。
ちなみにこの時のノイズを計算してみると、それぞれ
Vn3/√Hz=√(4KTReq)=√(4・1.38・10-23・300・500)=2.88nV/√Hz
Vn3/√Hz=√(4KTReq)=√(4・1.38・10-23・300・313)=2.28nV/√Hz
となる。(これは計算には使わない。)
EQアンプのノイズ量は主に初段の差動用真空管2個と両カソードに繋がれる帰還抵抗Rkとの和になる。等価ノイズ抵抗で考えればEQアンプのノイズはこれらの等価ノイズ抵抗の和と考えられるから、Rk=330Ωの時
EQアンプの等価ノイズ抵抗Reqa、ノイズ電圧Vneqは
Ip=5mAの時
Reqa=2・Req+Rk=2・500+330=1330Ω
Vneq/√Hz=√(4KTReqa)=√(4・1.38・10-23・300・1330)=4.69nV/√Hz
RIAA+(IHF-A)のフィルターを通した時の1KHzのゲインを基準にした帯域は3.48KHzとなり、ノイズ電圧の単位をdBVに置き換えてみると
20Log(4.69nV・√(3.48KHz))=-131.2dBV
となる。
同様に
Ip=10mAの時
Reqa=2・Req+Rk=2・313+330=956Ω
Vneq/√Hz=√(4KTReqa)=√(4・1.38・10-23・300・956)=3.98nV/√Hz
同様に帯域は3.48KHzであるから、ノイズ電圧の単位をdBVに置き換えてみると
20Log(3.98nV・√(3.48KHz))=-132.6dBV
となる。
この結果によれば計算上初段に6R-HH2の差動増幅でカソード間の抵抗を330Ωであれば、目標の入力換算電圧-130dBVはクリアできることが分かる。ただしこれはホワイトノイズ成分だけを計算したものであり、ハムやフリッカーノイズは無視した計算だから、これより悪い値になる。プレート電流(Ip)の違いによるノイズの差は5mAと10mAでは約1.4dBVであり、どちらを選ぶかはアンプの安定性も考慮して決定する。
以上のノイズ量の計算では入力差動増幅のカソード間抵抗を330Ωと定め計算しているが、実際の設計検討では逆の手順でこの抵抗値を決めている。
すなわち、EQアンプの目標入力換算ノイズは-130dBVから必要な等価ノイズ抵抗は1.7KΩ程度以下と計算される。そこから2つの真空管の等価ノイズ抵抗を差引き、必要なカソード間の抵抗を算出する。真空管のGmのバラツキも考慮し幾分余裕をもった値にしている。蛇足だが、初段差動増幅のカソード間抵抗が決まれば、EQのゲインは40dB(100倍)としているので、帰還用のEQ素子の値が決まる。
この計算でEQアンプのノイズ量が推測できた。あとは実際に回路を組み、測定しながら動作点、回路定数を決めることになる。
・初段真空管の変更
設計当初EQの初段は6R-HH2で設計し組み立てた。しかし実際ノイズの測定で分かったことは、ノイズ成分はフリッカーノイズが優勢で目標通りのノイズの値を得られなかった。またこのフリッカーノイズは真空管を差し替えることにより大きく変化することも分かった。そこで別の真空管候補を秋葉原で探した結果6922という真空管にあたり、測定した結果大幅にフリッカーノイズが減少した。しかしまだフリッカーノイズ成分は残っていて計算上のノイズ量より多いが、実用上問題ないと判断して使用している。
後に示すEQの測定データはすべて6922でのデータである。
・EQ回路説明
EQ回路を図5に示す。
初段はノイズのところで説明したようにGmの大きい真空管を選ぶ必要から秋葉原で入手できた6922という球を使用した。入力はバランス入力の必要から差動増幅になる。
またここはトランジスタを使用したカスコード接続とした。理由は二つある。1つは裸ゲインを稼ぐため。増幅2段で約70dB近くのゲインを得なければならなく、初段ゲインを多く取るためである。2つめの理由はアンプのミラー容量(効果)を少なくするためだ。MMカートリッジの出力インピーダンスは周波数により次第に大きく変化し、高域ではおそらく数KΩ程度になると推測され、実際にカートリッジ接続時では高域での性能の悪化が予想されるためである。これは測定時では低インピーダンスでドライブされるために気が付かないが、MMカートリッジ接続時には特に高域では悪化していると思われ音質的にも悪影響する。それを避けるために、ミラー容量が出にくいカスコード接続にした。
動作点は結局5mAになった。10mA時とノイズの差は小さく、消費電力や安定性を考慮し5mAに設定した。
2段目は電圧ゲインが大きく取れる12AX7を採用した。ここは負荷抵抗を大きくしてゲインを稼いでいる。この2つの差動増幅で約70dBのゲインを稼ぐことができ、ほぼ目標の裸ゲインになった。初段と2段目とはAC結合している。最初DC結合を考えたが70dBのDCゲインでは2段目の動作点が一定せず不安定だったためあきらめた。2段目、終段はDC結合になっている。
終段は12AT7によるカソードフォロア回路である。出力インピーダンスは1/Gmとなるのでここも沢山の電流を流した方が出力インピーダンスを小さくできるが、熱や負荷抵抗の電力容量との兼ね合いで動作点を決めた。
NF型バランスEQはホット・コールド両出力から入力差動増幅器のカソードに帰還をもどすことにより成り立つ。帰還素子の定数の考え方は一般的なアンバランス型のEQと同じだが、ただ同じものを2つ用意する必要がある。
またゲイン計算は少し注意する必要がある。
負帰還素子のインピーダンスをZeq、共通カソード抵抗をRkとすると、ゲインGeqは
Geq=1+2Zeq/Rk
となるから、アンバランスアンプのEQの負帰還素子よりインピーダンスを半分にしないと予定のゲインにならない。(これは前述のヘッドアンプの負帰還抵抗も同じ)
抵抗は入力と帰還抵抗は金属被膜抵抗、その他はカーボン抵抗を使用。
出力はXLR、RCAと2種類用意した。RCA出力はOPアンプを使ってホット・コールドを合成して出力している。すなわちホット出力からコールド出力を減算する。コールド信号はホット信号に対して反転されているから、結局合成出力は2倍の出力になって出てくる。
Vrca=Vhot-Vcold
このように合成すればホット・コールドにあるコモンモードノイズが消去され、RCA出力にもコモンモードノイズの少ない信号が得られ、バランスアンプの効果が得られる。
市販のアンプの中にはRCA出力をXLRのホット出力で代用しているのも見受けられるが、バランスアンプの効果としてはこのように合成して出力した方が良い。
RCA出力とXLRホット出力の違いは歪率にも現れている。XLRホット出力では真空管の2次歪が出るが、RCA出力では相殺され低歪になっている。特性参照。
OPアンプはMUSES8820を使用した。一般のDual OP Ampであれば動作する。ここも出来ればローノイズOPアンプを使用したい。後は音質の好みで選べば良い。
音質、ノイズを考慮してMUSES8820を選択した。
<定電圧電源の設計>
EQ用電源で重要なことはまずは電源のノイズが少ないことで、次に低インピーダンスであることだ。リップルが少なく外部の変動に対して常に一定の電圧を供給することが大切になる。アンプは半導体と真空管が混在した構成なので、真空管用の高電圧電源と半導体用の低電圧電源が必要になり電源構成としては多電源になる。更に電源回路を構成する時トランスからの誘導ハムも気を付けなければならない。特に真空管は誘導を受けやすくレイアウトも重要な項目となる。
今回の電源は回路の多さとトランスの影響を考慮し、アンプとは別の筐体に組むことにした。トランスからの誘導ハムの影響を少なくなるし、多電源の組み立て作業がやり易くなり、一体型より利点があると考えたからである。
すべての電源は定電圧化した。電源は真空管用高電圧用が2系統、低電圧用が1系統、半導体用電源が2系統、ヒーター電源用が1系統と合計6つの定電圧電源を用意した。
ヒーター電源は定電圧電源ICSI3122Pを使用し、それ以外の定電圧電源はディスクリートで構成した。
今回の新しい試みは定電圧電源の制御用トランジスタにFETを採用したことにある。これまで制御用はバイポーラ・トランジスタで構成してきたでのFETとの性能の差を確かめてみたくなり、トライしてみた。
回路は図6に示す。
使用半導体は秋葉原で入手可能なものから選択した。だから最適なものかどうかは分からなかったが、組み立て後電源インピーダンスを測定してその能力を確認した。
低電圧用電源には整流後にリップルフィルタ回路を入れ電源リップルを大きく減衰させている。制御用半導体がMOSFETの場合エンハンスメントなのでゲート電圧分高めの入力電圧が必要なため、電圧ロスの少ないリップルフィルタを使用した。ヘッドアンプ用電源は電源インピーダンス特性も大切だが、ノイズの観点から電源リップルがないことが望ましい。理想電源はノイズが少なくて、電圧変動しないことだ。
電源インピーダンスは測定治具の関係でプラス側だけ測定した。
結果をみると裸ゲインが多く取れそうで、低域のインピーダンスは良好だ。ただ、数KHzから急に特性が悪くなるのはMOSFETの入力容量の影響と推測している、ここを改良すればかなりの性能が得られる。今後はFETを使ってみようと思っている。
測定結果は後で示す。
全回路図は図4、5,6に示す。
<測定結果>
・ヘッドアンプ、EQの特性
ゲイン
ヘッドアンプ :20dB
EQアンプ :40dB
ノイズ特性
1kHzでのゲインを基準にした入力換算ノイズは
|
L |
R |
MM |
-128.1 |
-125.6 |
MC |
-142.4 |
-141.3 |
単位:dBv
MM入力時のノイズはまだフリッカーノイズ(ノイズの揺れ)が優勢で計算値(-131.2dBv)までのノイズレベルまで至っていない。R CHのノイズ値が悪いのもフリッカーノイズが取れていないため。真空管を交換すると値が変化する。
MC入力時のノイズはほぼ計算に近い値が出たと思う。(計算値:-144.6dBv)ここでもEQ部のフリッカーノイズの影響が少し出ている。ホワイトノイズに関しては当初の予想どおりの値が出ていると考えられる。
MM入力時の歪率特性。バランス入力、バランス出力で測定している。THD+NはTHD(全高調波歪)とN(ノイズ)を合わせた値。
THDは歪成分だけの値。真空管のEQ回路だが良い特性をしている。
MCバランス入力、EQバランス出力での歪率特性。半導体ヘッドアンプと真空管EQアンプを通した歪だが、こちらも良い特性をしている。ヘッドアンプ、EQとも歪特性は問題ない。
EQアンプのアンバランス出力(RCA出力)での歪率特性。MM入力時のバランス出力時とほとんど変わらない。
試しにバランス出力の片側Hot出力での歪も測定してみた。こちらは歪が相殺されず値が悪くなっている。
最大出力が少し小さくなっているのはOPアンプの最大出力の制限によるもの。
MMバランス入力、バランス出力でのRIAA偏差。当初±0.5dBの偏差を予定したが、少しオーバーした。抵抗を調整すれば直すこともできるがそのままにしてある。MC入力時でも偏差は変わらない。
MCバランス入力、バランス出力でのSeparation特性。バランスアンプの特徴が表れている。
・電源の特性
今回新しくMOS-FETを使った定電圧電源を採用した。測定治具の関係上プラス側だけ測定した。高圧電源は2KHz位からインピーダンスが悪くなっているが、これはMOS-FETの入力容量によるゲインの低下ではないかと推測している。低域での値は問題なく、むしろバイポーラより良いように思われる。音質的には低域が出て問題ない。今後も採用の予定。
CMR特性
CMRR(同相ノイズ除去比)=差動ゲイン/同相ゲイン
CMR=20logCMRR
1KHzでのCMRを示す
|
L |
R |
MM入力 |
68.2dB |
49.2dB |
MC入力 |
80.2dB |
75.6dB |
L/RでCMRの値が異なっているが、おそらく双三極管の2つの素子のバラツキの差が出ていると思われる。
<最後に>
バランス型EQアンプの設計について主にノイズ設計を中心にまとめてみた。最初に述べたように自分の記憶のためのレポートなので細かいところまでの説明になっていない。レポートに書くと簡単に作られたような印象になるかもしれないが、実際は結構苦労しながら仕上げている。
結果的には特性も音質も問題ないレベルになった。状態の良いLPレコードの時にはCDと変わらない印象の音を再生してくれる。LPも沢山の音が入っていることを認識させてくれ、また大いに楽しませてくれている。
今回は自分用のアンプということで全回路図も公開した。少しは参考になればと思っている。
半導体ヘッドアンプ部(片CH分)
左:真空管EQ部(上面) 右:真空管EQ部(裏面)
左:電源部(上面) 右:電源部(裏面)
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