はじめに
2014年バランス型EQを開発しこの紙面にてその内容を発表した。その後バランス型ラインアンプの開発に移行したのだが、その時にバランスアンプ出力としてCSPP出力が非常に良いことが分かり、CSPP出力のバランス型ラインアンプとして完成させた。そのような経緯の中でバランス型EQもCSPP出力すると更に特性が上がり、また音質面でもメリットが得られると思われたので改造を試みることにした。CSPP出力のアンプとしてはラインアンプが先にできたが、このサイトでの設計レポートはEQアンプから先に発表することにした。
改造後の結果をみるとプッシュプル出力の効果が表れ歪特性が大幅に改善された。面白い回路と思うので参考にしていただくとありがたい。
1、これまでの回路
以前このサイトで発表したバランス型EQではヘッドアンプ部は半導体でEQ部は真空管で構成されている。今回はこの真空管EQの出力部だけを変更した。全体の回路はこのサイトのERにある<バランス型EQの設計>を読んでいただきたい。
EQアンプの出力はホット・コールドとも12AT7のカソードフォロアーになっている。この回路は出力インピーダンスを下げる目的で採用されている。ただこの回路は少し問題をかかえていた。EQの初段、2段目とも差動増幅器で構成されていて、ここはグランド基準でなくホット・コールド間で増幅されるように設計しているのに、出力段のカソードフォロアーはホット・コールドそれぞれ独立してグランド基準のシングル動作をしている。せっかくホット・コールドの2信号があるのにそれを生かした出力になっていない。すなわち2入力・2出力のプッシュプル動作をするインピーダンス変換器(バッファー)ができていなかった。今回はこの2入力・2出力をもつプッシュプル・インピーダンス変換回路の報告である。
2、CSPP回路とは
バランス出力の信号をプッシュプルで出す回路は差動増幅器やトランスを使った方式が考えられるが、出力インピーダンス、特性、コストなどを考えるとそれらは満足できる方式とはいえない。もっと簡単で特性もよくコストもかからない回路としてCSPPという方式があることに気が付いた。まずはCSPP回路というものを理解すればなぜバランス型出力段として理想的かが理解できる。
CSPPとはCross Shunt Push Pullの略である。基本回路は図1に示してある。
位相反転した信号を増幅しながらひとつの負荷上で合成する回路である。
この回路を変形させていく。図2のように負荷抵抗(RL)を二分割してグランドに接地し、さらに入力信号もグランド基準に変更する。こうするとそれぞれの真空管のプレートとカソードに負荷抵抗RLが接続された形になる。これは真空管パワーアンプの位相反転回路でよく使われるPK分割と言われる回路とまったく同じ動作をしている。プレートとカソードには同じ出力信号が表れる。
エミッタ―フォロアーは増幅した信号をすべてカソードに戻した形をしていて100%負帰還の形をしているが、今回の負荷が2分割されたCSPPやPK分割は出力信号の半分がカソードに戻された形をしていて50%負帰還の形をしている。さらに変形させていく。図2ではまだ電源がフローティングされているので、負荷の中点に電源を接続し、カソードにはバイアス用の抵抗RKを接続する。さらにお互いのプレートとカソードをコンデンサーで接続させる。図3がその回路となる。これは電源がすべてグランド基準で動作するので実用的になっている。交流動作はまったく図2と同じ動作をしている。
この図3に回路によってプッシュプルのバランス出力が得られる。すなわちグランド基準の位相反転された信号を図3の2つの入力に加え、それぞれのカソード(あるいはプレート)から2つの信号を取り出せばバランス信号が得られる。2つの負荷抵抗は2つの真空管によってプッシュプル合成された信号であり、ホット、コールド出力信号は負荷抵抗を2分割されているからホット・コールド信号の誤差は2つの負荷抵抗の誤差と同じになる。これはバランス出力として誤差の少ない回路となる。
3、CSPP回路の特徴
・ゲイン
ゲインはホット・コールド間で約1となる。
2つの負荷(RL)にプッシュプル動作で出力されるので、ホット・コールドのゲイン差は真空管のゲインの差ではなく負荷RLの誤差で決まり、バランス増幅の動作としても理想的である。
・出力インピーダンス
エミッタ―フォロアーの出力インピーダンスは大体1/Gmとなるが、今回のCSPP回路では一つの真空管でみると50%負帰還であるので2/Gmとなる。しかし2つの真空管がパラレルに接続されているので合計1/Gmとなる。実際のアンプでは負帰還がかかっているのでさらに低い値になる。
4、実際の回路
実際の回路は図4に示した。出力段だけ見てほしい。
改造前と比べて出力段にプレート抵抗、シャント用コンデンサーが追加されているだけである。バイアス用の抵抗値は以前と変わっているが全体として小さな変更で済んでいる。電源にも変更はない。これでCSPP出力になっている。
またアンバランス用出力はCSPPのホット側をそのまま出力している。前の回路ではアンバランス出力はICでホット・コールド出力を合成していたが、今回はすでにプッシュプル動作で合成されているのでそのまま出力している。この部分はむしろ回路が削減されている。
では本当にこれでCSPPが動作しているのだろうか。次の特性を見てほしい。
5、特性結果
歪特性
図5、図6は歪率特性である。改造前のレポートとデータを比べてみると、最大出力が約2倍に増えている。出力段の真空管は同じ12AT7で動作点はほぼ同じ、むしろ電流は少し減らしてあるにも拘らず、最大出力は約10Vから20Vへと大きく改善された。振幅が大きい時にプッシュプルの利点が表れている。
出力インピーダンス
出力インピーダンス特性は前とまったく変化がなかった。図7参照。
特性は低域で持ち上がっている特性を示している。高域ではアンプそのものは負帰還が効いているためほとんど数Ωになっており、特性に表れている値は出力に直列に繋がれている保護抵抗の値である。一方低域においては負帰還量が減少しているのとカップリングコンデンサーのインピーダンスの影響が出てきている。
CMR
同相除去比は1kHzにおいては変化がなかった。ほとんど測定誤差内であった。
これはおそらく初段の双三極管のバラツキの影響が大きく、出力段の改善が表れにくくなっているのではないかと推察している。
音質
僕のオーディオシステムはスピーカーの配置、接地法、パワーアンプのバランス化などの大きな変更があり、このバランス型EQのCSPP化だけの音質評価はしていない。現在カートリッジ出力からスピーカー入力まですべての回路がバランス増幅であり、それも差動増幅、プッシュプル出力となっていてグランド基準の増幅でない回路となっている。この回路で聴く限り音質面の仕上がりにはかなり満足している。何故かスクラッチノイズが少ないし、芯のある音で聴き疲れしない良い音であると思っている。
最後に
今回バランス型EQの出力段をCSPPに変更した。
特性をみるとシングル動作のカソードフォロアーに比べ大振幅での歪特性が大幅に改善された。最大出力電圧が約倍の20Vまで振れプッシュプルの効果が確認された。出力インピーダンスはほとんど変わりがなかった。
比較的簡単な回路でバランスアンプの出力として理想的な回路と思っている。この回路は大きな信号を振り込む時に能力を発揮する。他のアンプでも応用ができると考えられる。
|