手造り真空管アンプの店





プッシュプル歪のシミュレーション

 前回、6550(UL)のプッシュプル合成特性をエクセルで求めてみた。そして更にEc−Ib特性を調べ、シングル動作時とグラフ上で比較した。このグラフを比べると見かけ上は明らかにプッシュプルの方が直線性が良いことが分かるが、どの程度良いのかの判断がつかない。
そこで今回はこの2つのEc−Ib特性から歪を計算し、その違いを比べてみた。

 この歪の計算にはエクセルの機能を利用した。具体的に言うと前回求めたEc−Ib特性を6次の関数に近似し、そこから高調波歪を計算した。

1、計算方法

 Ec-Ib特性が
f(x)=ax + bx2 + cx3 + dx4 + ex5 + fx6で近似されるとする。(仮に6次の近似式にした場合)
入力信号を x=Ecosωtとすると

f(x)=aEcosωt + bE2cos2ωt + cE3cos3ωt + dE4cos4ωt + eE5cos5ωt + fE6cos6ωt ・・・・・・・(1式)
ここで
cos2x = (cos2x + 1)/2
cos3x = (cos3x + 3cosx)/4
cos4x = (cos4x + 4cos2x + 3)/8
cos5x = (cos5x + 5cos3x + 10cosx)/16
cos6x = (cos6x + 6cos4x + 15cos2x + 10)/32
となるので、
これらを代入すると(1式)はωt、2ωt、3ωt、4ωt、5ωt、6ωtの関数で表せる。この時2次以上の係数が高調波で歪を表すことになる。1次の項は基本波となる。

まとめると、(1式)は
DC成分   S= 1/2bE2 + 3/8*dE4 + 10/32*fE6
基本波成分 S= (aE + 3/4*cE3 + 5/8*eE5)cosωt
2次歪成分 D= (1/2*bE2 + 1/2*dE4 + 15/32*fE6)cos2ωt
3次歪成分 D= (1/4*cE3 + 5/16*eE5)cos3ωt
4次歪成分 D= (1/8*dE4 + 3/16*fE6)cos4ωt
5次歪成分 D= 1/16*eE5cos5ωt
6次歪成分 D= 1/32*fE6cos6ωt
・・・・・・ (2)式

すなわち、この非直線近似で表される出力管の出力E
E0 =S0 + S + D2 + D3 + D4 + D5 + D6

S0はDC成分:偶数次の非直線を持つ系では必ずDC(直流)成分が発生する。
Sは基本波:入力と同じ成分。
以降:非直線の系を通った時生ずる高調波歪成分となる。

このとき歪は
(%)= D/S
(%)= D/S
(%)= D/S
以下、同様・・・・・・ (3)式

全高調波歪(THD)は
D(%) = (D22 + D32 + D42 + D52 + D62)1/2 / S・・・・・・・  (4)式


2、エクセルを使って実際に計算

前回、作ったシングル時のEc−Ib特性を動作点を中心として特性を書き換えたものが図1である。ここでエクセルの<近似曲線の追加>の機能を使って式を表したのが、グラフ下に示された6次関数である。
ここで得られた6次関数の各係数を使って(2)式を計算すれば各高調波の歪成分が計算でき、さらに(3)式を使って各歪成分の歪率を計算する。
同様にTHDは(4)式を使う。

プッシュプル時の歪の計算も同様に行う。


3、計算結果
入力信号E=30Vとした。

計算結果 シングル動作時 プッシュプル動作時
2次歪率 10.644% 0%
3次歪率 0.333% 0.638%
4次歪率 0.728% 0%
5次歪率 0.103% 0.046%
6次歪率 0.109% 0%
THD 10.68% 0.64%


図2は前回求めた6550(UL)プッシュプル時のEc−Ib特性。

図3はシングル時の歪率の計算結果。
 上記表に示されたシングル動作時の計算結果をグラフにしたもの。
図4はプッシュプル時の歪の計算結果。
 上記表に示されたプッシュプル動作時の計算結果をグラフにしたもの。


3、比較、考察
・シングル動作ではTHD(全高調波歪)成分は圧倒的に2次歪成分である。
・プッシュプル動作では偶数次歪は計算上ゼロ。これは正負の真空管の特性がまったく同じとして計算したため。(近似式上では偶数次の係数はあるが値がかなり小さい。)
・計算結果ではシングルとプッシュプルでは歪率は十倍以上の開きがあった。


6550(UL)でのシングル動作、プッシュプル動作での高調波歪の比較をシミュレーションした。今回の例の結果からはプッシュプルは歪の点では優位であることは言えるだろう。

他の真空管のシミュレーションでは当然計算結果は異なるであろう。しかし歪に関してはプッシュプルの優位性が変わるものではないだろう。
実際の設計ではプッシュプルのペアーの真空管の特性が一致していることが重要であることも、この結果からも推測される。


参考文献 :パワーアンプの設計と制作(上)(武末数馬 著)
参考サイト :HARU@豊橋     真空管アンプのページ

図1シングル動作時のEc−Ib特性

図2:プッシュプル動作時のEc−Ib特性

図3シングル動作時の歪の計算結果

図4:プッシュプル動作時の歪の計算結果