手造り真空管アンプの店




ゲイン可変型反転アンプの回路解析

 このホームページで以前ゲイン可変型のプリアンプを紹介した。このプリアンプの特長はアンプのゲインを可変して音量を調節するので、音量を絞るとノイズも一緒に下がり従来のプリアンプに比べ、通常の使用ボリューム位置において、実験機では 約15dBのもS/N改善効果があることを解説した。実際私はこのプリアンプを使用しているが、ノイズレベルは聴感上でも効果がはっきり認められる。
 とこらろがこのアンプはボリュームを絞っても完全に音量がゼロにならない欠点を持っている。そしてまたボリュームをほんの少し戻したところに出力が最小になる点がある。何故だろうか。ごく僅かな音量で実用上問題ないレベルだが、人によっては気にする方もおられるかもしれない。今回このゲイン可変型プリアンプにおけるボリュームゼロでの残留出力(今回このように命名した)について解析した。そしてその原因と対策を説明し更にこのプリアンプを造る時の注意点を解説した。

1、等価回路とゲインの計算

図1がゲイン可変型アンプの一般的な等価回路である。アンプは反転アンプになっており、Rnfを可変することによりゲインを可変するようになっている。この時のゲインを求めてみよう。

Ein:入力信号
Ea:アンプの入力信号
Eout:出力信号
A:アンプの裸ゲイン
とすると、

Ea=(Eout−Ein)Rin/(Rin+Rnf)+Ein @
Eout=−A・Ea     A

@、A式からゲインを求めると
Eout/Ein=−Rnf/{(Rin+Rnf)/A+Rin} B

ここでA=∞とみなせれば
Eout/Ein=−Rnf/Rin  C
となりRnfの値に比例するゲインが得られる。これが通常この等価回路から得られる計算結果である。
B式を見ても分かるようにボリュームを絞った状態すなわちRnf=0ではゲインは0になる。たとえAが無限大でなくてもゲインは0になるはずであるが実際には0になっていないのが現状であった。

何故だろう。計算も実際も正しいのに結果が異なるのは、すなわち計算の仮定で考えた等価回路が実際とは違っているからと考えた。そこで実際には存在すると思われるある条件を追加して再計算を試みた。
その追加条件とはアンプの出力インピーダンスである。図1ではアンプの出力インピーダンスは0と仮定して計算しているが、実際にはある数値が存在する。それを入れて計算する。


右の図2が出力インピーダンスを考慮した等価回路である。アンプの出力にRoutという有限な抵抗を入れている。

この等価回路でゲインを求めてみる。




図2から
Ea=(Eb−Ein)Rin/(Rin+Rnf+Rout)+Ein  D
Eout=(Eb−Ein)(Rin+Rnf)/(Rin+Rnf+Rout)+EinE
Eb=−AEa  F

となる。ゲインを求めてみると、
Eout/Ein=−(Rin+Rnf)(Rnf+Rout)/{[Rin+(Rin+Rnf+Rout)/A](Rin+Rnf+Rout)}+Rout/(Rin+Rnf+Rout)    G
となる。

G式に於いてボリュームが0すなわちRnf=0を代入すると
Eout/Ein=Rout/{(1+A)Rin+Rout}>0
となり、出力は0でなく正の信号が現れる。

更にG式が0になる条件を求めてみると、
Rnf+(Rin+Rout−Rout/A)Rnf−Rout(Rin+Rout)/A=0   H
とRnfの2次方程式が得られる。
この2次方程式の解Rnfが出力を0にする条件となる。ちょっと大変だがこの2次方程式を解いてみる。

Rnf=1/2[−(Rin+Rout−Rout/A)±{(Rin+Rout−Rout/A)+4Rout(Rin+Rnf)/A}1/2]    I

この解でRnf>=0がG式を0にする条件となる。

このI式を良く見ると面白いことが分かる。
1、A=∞の時  Rnf=0になる。
2、Rout=0の時   Rnf=0となる。
3、A=1の時  Rnf=Routとなる。

これはアンプが理想のアンプの時、すなわちA=∞あるいはRout=0であればRnf=0の時には出力が0になり、残留出力は存在しないことを表している。ところが実際はアンプは理想にはならずI式で表されるRnfの時に出力が0になるところが存在していることを示す。
これがボリューム0でも残留出力があり、またボリュームを少し戻したところで出力最小点があることを示している。
上の1、2、3、から判断すると、Aが有限の時0<Rnf<Routに残留出力0となることが推測される。

実際、Rin=16kΩ Rout=1kΩ A=30で仮にI式計算してみると、
Rnf=33Ωが得られる。これはボリュームを少し戻したところに最小点があることとほぼ一致する値である。

ここから次のことが結論付けられる。
「反転型アンプを用いたゲイン可変アンプにおいては実際にはボリュームを絞っても0にならない。しかし負帰還抵抗Rnfをある値にすると出力が0になる点が存在する。」

この現象を定性的に述べると、
「有限な値のアンプゲインAや出力インピーダンスRoutを持つ反転アンプではRnfが0の時、出力にはアンプの入力信号Eaが表れる。これは入力信号と同相信号となって表れている。理想アンプでもしAが無限大ならEaは発生せず、またもし出力インピーダンスが0ならEaはショートされ出力には出ない。理想アンプでないときに残留出力が表れる。そしてRnfがある値を持つとき、アンプを通った逆相信号がRoutを通り、Rnfを通った同相信号Eaを打ち消す。これが出力0になる現象である。更にRnfを大きくしていくとアンプからの逆相信号が優勢になり、反転アンプの動作になっていく。」


上記の計算結果から次のような回路が考えられる。

調整用抵抗RtをNF回路に挿入したゲイン可変アンプである。

Rt:Rnf=0の時残留出力が0になるように調整するための抵抗。
100Ω程度の半固定抵抗を使う。

このような回路にすればボリュームRnfを完全に絞った時に残留出力は0になり、実用上問題はなくなる。



2、実際の回路について

 1章でゲイン可変アンプ(反転アンプ)では残留出力が存在するが、NF回路に残留出力を0にするための調整抵抗を挿入すれば解決できること証明した。では実際の回路ではどうれば良いのかを考える。
 電気回路のことをご存知の方はこのアンプは簡単と思われるかもしれないが、真空管でこのアンプを造るとなるとちょっと工夫が必要になる。

図4は普通真空管で造るゲイン可変アンプの回路である。図3との違いはNF回路に直流阻止用のコンデンサーCが挿入されていることである。
真空管アンプは多段の直結が難しくDCアンプ構成が困難なためAC結合が用いられる。これまでのプリアンプの設計方法で造れば、EinとEoutの直流電位差は100V程度があり、NF回路を直結出来ない。
ではこのNFのAC結合回路では何が問題になるのだろう。
コンデンサーは直流を阻止するが交流信号は通過させる。この交流のインピーダンスは

Zc=1/2πfC(Ω)
f:信号周波数    C:コンデンサーの容量

Zcは周波数に反比例するので低い周波数では大きくなり、高い周波数では小さくなる。実はこのZcが周波数の低い時Rtより大きくなり無視出来なくなってくる。ボリュームRnfを絞って0にしてもZcがあるため、1章で述べた調整値より大きくなり調整不能となり常に残留出力が存在してしまう。Cの容量を大きくすればその影響を小さく出来るが、かなりの容量が必要であり実用ではない。一番確実な方法はこのコンデンサーCを使わないことである。

そこで真空管アンプで出力と入力を直結するゲイン可変型のアンプを考えなければならない。

図5が出力と入力を直結させた真空管プリアンプの回路図である。1段目と2段目はAC結合されているが、NF部が直結され図4のCがない。
2段目が電源からバイアスされ、1段目は2段目出力からのDC電圧でバイアスされている。
Rnf:メインボリューム(100KΩ)
Rt:調整抵抗(100Ω)
Rin:入力抵抗(16KΩ)
1段目:カソード接地の反転アンプ(12AT7)
2段目:カソードフォロアー(12AT7)


NFにコンデンサーCがある時(AC結合)と無い時(DC結合)での残留出力の違いのデータ図6に示す。
図5の回路で測定した。Rt調整後は約17Ωになった。


この実験回路でCは2.2μFのコンデンサーを使用した。

結果
図6がその結果である。
青の線がボリュームMAXの時の周波数特性を示す。
次にボリュームを完全に絞ったときの漏れ信号を測ったのが残留出力である。NFがAC結合(グラフ上ピンク色の線)の時はCの影響で低域で残留出力が増え、DC結合(グラフ上緑色の線)では低域は90dBの値を示し、これはノイズレベルであった。高域では残留出力が増えてくるが、アンプの裸ゲインAの値が下がってくるので、調整抵抗Rtでは調整しきれず、残留出力が増えている。しかし、実際のソースでは10KHz以上の信号は少ないので、実際には残留信号として聴こえることは少ない。

最後に
ゲイン可変型の反転型プリアンプの残留出力につい解析し、その解決方法についても述べた。また実際の真空管回路での問題点とその解決方法についても提案した。
 このゲイン可変型プリアンプはトランジスターに比べノイズが多い真空管では有効な回路方法と考えている。残留出力という欠点もあったが、その解決法も見つかり実用になる方法と考えている。

図6