手造り真空管アンプの店




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店主コラム 2007年10月分〜12月分



2007年12月21日

<今年最後のコラムです>
 今年最後のコラムになった。前回のコラムも今年を振り返っての内容を書いたが、中身が絵画のことになってしまい、肝心の仕事内容については書けなかった。今回は仕事を振り返ってみよう。
 今年の年初のコラムを読むと音質アップの目標が書かれてあった。こんなことを書いたのかと今さらながら思うのだが、今はすっかり忘れていた。とは言うものの、書かれた目標を忠実に実行したかどうかは別にしてアンプの音質は今年もまたグレードが上がった。
 具体的に技術レベルが上がった内容とは、1つは配線技術が上がったことだ。これまでもやもやしていたグランド配線がまとまり、その効果もいくつかのアンプで実証された。前にも書いたがアンプ内部にはいくつかのグランドが存在し、それらが安定してお互いに悪影響しないように結線されなければならない。そのノウハウが得られた。私はこれをExclusive Ground Wiring(排他的グランド配線法)E.G.Wとでも言おうかと思っている。このE.G.Wはプリアンプでも応用でき音質への効果が大きい。最近注文を受けたアンプにもこの配線法を採用した。お客様からの感想では低音は出るし、細かな音も良く聞こえると良い結果が得られている。もうひとつの進展は反転形プリアンプの技術内容が大きく得られたこと。自分のプリアンプもこの方式を採用しているが、実用上でのS/Nが良く満足している。簡易型のプリアンプの試作でも良い物ができ、今はこれを応用した6BM8ppのプリメインアンプを設計している。6BM8の低内部抵抗とS/Nが良いプリとの組み合わせ。これが出来ると小型で音の良い真空管プリメインアンプが出来そうだ。

 新しいことが出来るとまたそれが発展してまたアイデアが出てくる。E.G.Wについてもこれはいろいろ悩んだ末にできた技術だが、考え方をかえればこれだけグランド配線が音質に影響するなら、この音に影響するグランド配線を出来るだけ減らしてしまえということで、今はフローティング出力を持つアンプを考えている。これならグランド配線から影響を受けないはずで、大まかな回路アイデアは出来上がった。来年いつかこの試作・実験をしてみたいとも思っている。

 いつもアンプを設計した後ではこれ以上の物はないと思っているが、時間が経つと何故か進化したアイデアが浮かび、内容が上がってきている。だから以前に設計した機種については、ご希望があればアップグレードさせていただいているのだが、真空管アンプといえども技術の進歩というのは際限ない。いつもこんな調子でアンプ造りをしている。
 来年の今頃のコラムはまたまったく別なことを書いているだろう。そんな進化した自分を楽しみにしている。

 今年もこのコラムを読んでいただきありがとうございました。受けを狙って書いていませんので、内容には好き嫌いがあるかもしれませんが、その点を考慮して読んでいただけるとありがたいです。
 今年もありがとうございました。






2007年12月11日

<絵画とアンプ>
 またコンピューターのトラブルでコラムの更新が遅れてしまった。コンピューターのトラブル修理への不満はたくさんあるが、今回は止めておこう。

 今年もあと僅かとなり今年を振り返ってみた。私にとっては今年は絵画を例年以上に鑑賞した年になった。絵を見るのは昔はあまり無かったが、最近は平日に時間が取れるので観る回数が増えたのだと思う。今年は音楽鑑賞より多い。
 振り返ってみると
・レオナルドダヴィンチ展
・オルセー美術館展
・金刀比羅宮 書院の美
・ムンク展
・フェルメール オランダ風俗画展
などだが、年間にこれだけ観たのは初めてのことだ。

 絵画や工芸品を見るのが好きな理由は私の場合二つある。有名画家たちの造った有名作品はやはり美しく、本物の作品は写真と違いそこに迫力があり、本物を観ることはやはりすばらしい体験となることが最初の理由。二番目の理由としてそのすばらしい作品の細部に渡る作者の表現力、こだわり、気の遠くなるような描写、集中力など労力を惜しまない作品や創作態度に刺激を受けることだ。想像を絶する細かな表現力には作品へのこだわりや意思が感じられそれが私の物造りを刺激する。
 作者の創作意欲が作品に表れるのを感じた経験がある。ムンク展での話しだが、ムンクは<叫び>に代表するような心の内面を描く作品で有名だが、彼の他の作品に金持ちから依頼されて書かれた絵画もあった。これはその金持ちの息子の部屋に飾る為の絵で、内容は風景画であった。依頼者は子供用の作品なので内容についていろいろ条件をつけてムンクに製作を依頼したが、ムンクはその条件を破り風景画の中に男女の抱擁の場面を絵に入れてしまい、そのためその絵は売れずに残ってしまった。ムンクはどうしても依頼どうりの絵を書くのは本意ではなかったのだろう。少しは抵抗したが、その絵というのは迫力がなく他の作品に比べオーラが少ないように感じられた。例え絵の上手な画家でも内面から起こる意思がないとつまらない絵になるものなのだ。だから有名作品というのはそこには強い製作意志やこだわりがあり、それが人を魅了するのだろうと想像した。
 私が造っている真空管アンプは絵画のような芸術作品ではないが、物を造るということにおいて多いに参考になる。手間を惜しんでは良い物ができないということは同じようなことだ。だが作品に手間隙をかけて造ることは、経済学から言ったらいけないことだ。だから私がサラリーマン時代には物造りは効率が優先で無駄は悪だったが、今はまったく逆の考えで物造りをしている。手間が掛かっても自分が良いと思った物は採用するようにしている。今は上司もいないし、その責任は自分で取れるから納得がいってよい。そしてその方がお客様にも私の意志が感じてもらえるからだ。

 来年はフェルメールの作品が何点か来日することが決まった。今フェルメールの本を読んでもう準備をしている。
 強い意志を持って造った作品が人を感動させると信じている。






2007年12月1日

<アステカ2題>
 このサイトにも時々出てくる<コーヒーとカレーの店 アステカ>の話題を二つ。

一つはアステカのマスターが講師を務めるコーヒー講座の話。マスターは年に数回一般人向けにコーヒー講座を開いている。この11月にもその募集があったので参加した。毎朝アステカの豆を使い、カプチーノかペーパーフィルターのコーヒーを入れているが、もっと美味しいコーヒーを飲みたいと思ったからだ。これまでは自己流であったのできちんと教わりたいと思って参加した。場所は地区センターという公共の建物のキッチンを利用して開かれた。講義と実践が混ざった内容だ。コーヒーの種類、産地、豆が出来るまで、豆の煎り方などの講義に加え、実践では美味しいコーヒーの入れ方や実際豆を煎る作業も経験した。やはり一番の収穫は美味しいコーヒーの入れ方を教わったことだ。ペーパーフィルターでの実践では豆の蒸らし方、お湯の注ぎ方などコーヒーの味に大きく左右するテクニックを教わったのが大きい。ただこれは教わったから直ぐに安定した美味しいコーヒーが入れられるかと思うがそうはいかない。やはり何度も実践を繰り返しそしてやっと安定した美味しいコーヒーが入れられるらしい。私も講座後、家で何度もコーヒーを入れていろいろトライしている。以前より大きく変わったのはコーヒーの香りが大分出るようになり、また味もマイルドになってきた。カプチーノについても今いろいろ試行錯誤が続いている。エスプレッソマシーンを使っているが、水の量、牛乳の泡立て方など以前と方法を変えて試している。こちらも前より香りがグーンと良くなった。たかがコーヒーだと思われるかもしれないが、工夫次第で大きく味が変わり面白い。オーディオのお客様には今度私の入れた美味しいコーヒーを飲んでいただけるようにしたいと思っている。

 二つ目の話題はまたアステカでライブが行われた話。今回は地元横浜市金沢区出身の中村裕介さんと言うブルースを中心に歌われている方のライブであった。これまでCMや歌手に多くの曲を作ってこられていて、また当然ご自身もバンドで歌われている。今回はそのバンドを引き連れてのライブ。地元出身でもあり、また年齢が私と同じこともありローカルな話題や、歌われた曲などにも親しみが感じられこれまでのライブでは一味違った内容であった。私は店内の一番後ろに陣取っていたが、その為か私の隣に中村さんの奥様と以前一緒にバンドのボーカルを担当されていたという女性が座られ、お二人の話も聞きながらのライブで更に楽しさが倍増した。そして彼が横浜市歌を歌ったときには、バックコーラスでのハーモニーも小声で付けてくれたので、私だけ特別バージョンの歌を聞かせてもらうことができた。中村さんのバンド(ROXVOX)のライブは音響設備もミキサー付きで音を調整してくれたので、一番後ろの席でも聞きやすかった。楽器音、コーラスなどがバランスよく調整され、この点がこれまでのバンドと違ってプロ意識のあるバンドと思えた。やはりプロはこうでなくては。人を惹きつける歌、トークなど久しぶりに生で音楽を楽しんだ夜であった。





2007年11月21日

<音質改善依頼>
 少し前、あるお客様からメールをいただいた。「スピーカーを新しくしたが何か満足していない。音を聴いて欲しい。」という依頼だった。このお客様は2つのオーディオシステムをお持ちで、その一つは私が設計したアンプを使っていただいている。今回の相談は別のオーディオシステムの方で、新しくスピーカーを買い換えたと言う。このシステムは以前マルチアンプでスピーカーを駆動していた。スピーカーはJBL4343でチャンネルデバイダーを使用し2台のアンプで鳴らしていた。こちらのシステムも以前にクロスオーバーの調整とレベル調整を手伝って上げたことがありシステムの内容はだいたい理解していた。今回の相談はスピーカーをB&W802Dに替えたという。このスピーカーは私もいつか欲しいと思っているスピーカー(買えるかどうかは別の問題として)なのでよろこんでこの相談に乗ることにした。じっくりB&W802Dが聴けるチャンスはそれ程多くはない。この機会にじっくり聴けそうなのでご自宅に伺うことにした。ただ伺う前に自分なりに事前にシステムを再確認して、ほとんど原因の目算をつけてから伺った。
 最初に音を聴いてみたらまったくB&W802Dの音ではなかった。中低音域が抜けている感じだ。これでは聴いていてストレスが溜まるのは無理がない。事前に調べておいたチャンネルデバイダーをいじってみる。改善されるがでもまだおかしい。私はこれでほぼ原因を掴んでしまった。そしてスピーカー、アンプの仕様書をお借りして各仕様を確認して結論に達してしまった。理由は簡単だった。予想どおりB&W802Dは低域、高域を分離するネットワークを外すことは出来ず、確かにスピーカー端子には2つの低域、高域用に端子はついてあるがこれらは後ろで常にネットワークに繋がっており、チャンネルデバイダーを使用するマルチアンプ駆動には適していないことだ。このスピーカーを駆動するにはバイアンプ(Bi−amp)で駆動するように設計されている。事実B&Wの仕様書を読むとバイアンプを推奨してあった。
 このことを簡単に説明し、チャンネルデバイダーを外すことを提案した。お客様に手伝ってもらいながらラックに入っている重いアンプ類を前に出し、後ろの配線をやり直した。プリアンプはアキュフェーズ製、パワーアンプは1台が同じくアキュフェーズ、もう1台が300Bの真空管アンプだ。(これは私の設計ではないが。)今回幸運だったのはプリアウトが2系統用意されていたことと、300Bアンプがゲイン可変付きだったのでレベル調整が可能だったことだ。バランス、アンバランスのコネクターが混在のなかで何とかこれらのシステムをバイアンプの方式に繋ぎ替えることが出来た。
 さて最初の音が出た瞬間まったく別の音になっていた。これは音が改善されたというより正常な音になったということだ。音が前に張り出してくる。高域のレベル調整をすると低域、高域ともフラットな聴感になり、楽器の分離も素晴らしい。この楽器の分離感はバイアンプによるものだろうという感じがする。音に乱れがない。これでやっとこの高いスピーカーの実力が発揮された。やはり音の素性が良い。もっと聴き込んで更に音質アップをしたい気分になるが、今日はここで良しとしよう。
 お客様に聞いたらこのスピーカーはある高級オーディオ店でご購入されて、スピーカーを交換した後の音を聴き、アンプが悪いから更にアンプも替えるように薦められたとのこと。お客様はそれをせず、私に相談したらしい。今回の改善はまったくお金を掛けてなく、いきなり見違えるような音になってしまった。だからお客様からは奥様も含め驚きをもって喜んでいただけた。お店の担当者も分からなかったのが、何故2時間足らずの作業で、またまったくお金もかけずにこんなに改善されるのかと驚かれた。
 お客様からのその後のメールも面白い。高いスピーカーを購入したが、前のままでは奥様から「お金をドブに捨てた」と言われそうだったが、私がそれを防いでくれたという冗談が書かれていて、私が家庭円満のお役にたったようだ。
 オーディオ店の対応は問題と思う。もっと親身になって音楽をもっと楽しんでもらおうという態度が制作側、販売側には必要だ。ただ高い製品を売ればそれで終わりではまったく趣味の世界になっていない。もっと専門知識を持ちいろいろなお客様に対応できるように勉強してもらいたいものだ。





2007年11月11日

<試聴会と先輩達>
 11月3日4日と我が家で展示会・試聴会を開催した。日ごろMYプロダクツの音を聴いていただく機会が少ないので、気軽に聴いていただこうとして計画した。今年で3回目になる。最初の年はアダージョの発表、昨年はメヌエットの発表と新製品の発表を目的としたが、今回はアダージョのアップバージョンと6550ppの試作機と音質改善をこれまでしてきた経過報告の形でMYプロダクツの音をじっくり聴いていただくようにした。これは私の知人、友人のみの招待で一般の方には遠慮していただいている。
 その理由からか今回の参加者はすべて元いた会社の先輩OBばかりという結果になった。だから音も勿論聴いてくれるが、ある面OB会の集まりになってしまった感がある。それも全て私が20代にお世話になったオーディオの仕事をしていた時の先輩ばかりという面子だ。ある人は勿論音を聴いてくれるが、ある人は昔話に花を咲かせたり、また試聴会後は飲み会と仕事だかプライベートの集まりか分からなくなってしまった。またお客さまは皆先輩達であるので、遠慮のない厳しいご意見もあり、昔仕事で設計の確認会議をしていた時のコメントのような感じがしないではない。若いころ一緒に仕事をした間柄とは不思議な連帯感があり、数十年経ってもその時の関係が保たれ、まだ上下関係や信頼関係などはそのままであるのは面白い。
 さて肝心の音の評価だが私が聞いた彼らのコメントをまとめてみると、総じて好評であったといえる。今回のデモにたいする評価は

 良かった点
 左右のスピーカー間に音場が良く再生されている。
 ・楽器の響きが良く聴こえる。
 ・低域の再生は良くなった。

改善してほしい点
低域に比べ高域の切れ込みがもっとほしい。
デモ用CDはもっと音の良い物を準備して。
などであった。
 良かった点についてはこれまで私がスピーカーのドライブ法、スピーカーの位置など改善をいろいろしてきたことがそのまま評価されたようだ。すぐに耳で評価されたのは嬉しい。逆に改善が必要な点については、これまでしていなかったことで今後の課題となった。高域に切れ込みはその後分かったことだがバイワイヤリングの高域用のケーブルがあまり質の良い物でなく、これを止めて比較的良質のケーブルで普通のワイヤリングに戻してあげたら高域の伸びが大分改善された。ただ分解能は変わらないので今後のさらなる改善には恐らくプリアンプのノイズが関係していると思っている。デモに使ったアンプは反転アンプで実用上のSNは真空管アンプではかなり良いが、まだ高級半導体アンプには劣る。更に高性能プリアンプが必要なのかもしれない。
 デモ用CDについては昔苦い経験がある。以前雑誌で評判のCDを用意したが、お客様はアマチュアで楽器を演奏され、そのCDは演奏が良くないと言われたこともある。ここらがどんなCDをお聴かせするかは難しい。録音が良く、演奏も良く皆さんが不快に思わないようなCDを選ばなければならないだろう。

遠いところ時間を割いて来ていただいた皆様に感謝している。昔お世話になった人たちに今でもこのように気にかけていただいたことが何よりもうれしい。昔同じ釜の飯を食った仲間は何故このように連帯感が続くのかと不思議に思う。商売も大切だが人間関係を保つことの方がもっと大切であることを知らされた展示会であった。
 先輩達からのご好意はこれだけではない。私が開発の仕事をしていた時の元上司に試聴会の招待の連絡を差し上げたら私のコラムを読んで下さり、前々回の<ゲイン可変型反転アンプの回路解析>は面白かったと連絡があり、簡単な質問も受けそれをまた回答したりした。また別な先輩、彼は私が初めてアンプを設計したときにいろいろご指導してくれた恩人なのだが、日を改めて私のアンプの音を聴きに来てくれた。
 かようにたかが真空管アンプの試聴会であったが、元の会社の先輩達のご好意をいろいろ感じさせた催しであった。
 諸先輩方どうもありがとうございました。







2007年11月1日

シャンサ/リシャール・コラス共著<午前4時、東京で会いますか?>

 二人の外国人の作家が書いた本を読んだ。これは二人がやり取りした往復書簡をまとめたもので、当然内容はノンフィクションで二人の生い立ちや考えが述べられている。
 シャンサ氏は女流作家で、北京生まれで天安門事件後、渡仏し現在は作家、画家として活躍されている。特に「碁を打つ女」は世界中で出版され各国で賞を受賞されまたミリオンセラーとなっている方。一方コラスさん(知り合いなのでさん付けにさせてもらう)はフランス生まれでモロッコで育ち、在日30年余りで現在シャネル日本法人の社長であり、欧州ビジネス協会会長、フランス国より勲章を受けられているビジネスマン。最近は小説も出版され作家としても活躍されている。
 二人は祖国を離れそれぞれ違う国で現在活躍されているという共通点、一方は中国からフランスへ、他方はフランスから日本と方向が逆の異国で生活を送られている違いなどから、さまざまな視点で人生を語っている。
 内容は二人が祖国を離れこれまでに至った経緯、ここに至るまでの人との出会い、祖国の話、美術・芸術の話、日本(人)とのかかわり、日本文化論など多方面に渡った意見が大変面白い。これは手紙形式で書かれていて、事実の出来事なのでその内容は自分の人生と照らし合わせても大変興味を覚える。中国人が書かれた文章を読むのは<ワイルドスワン>以来だし、コラスさんからは彼の生い立ち、考え方を知ることが出来、面白く読ませてもらった。
 二人のこれまでの人生を読んでみると、人生はちょっとした出会いからその後の人生を大きく変えてしまうことが良く分かる。人生は最初から予想したものではなく、人との出会いから大きくその後を変えてしまう。私の場合も何人かの出会いが自分の進路を決め、それが今に繋がっている。二人の素晴らしところは、故郷を離れ、異国で暮らすというハンデを持ちながら、努力と才能で異国においても彼らの仕事を一流にまで成功させているところだ。シャンサ氏は17歳で渡仏してからフランス語を学び、現在フランス文学で成功されているし、コラスさんは流暢な日本語を操り日本でのビジネスを大成功させている。二人の人生と私を比べても意味のないことだが、つくづく私の人生は狭い範囲のなかで生きていたのかと感じてしまう。まさに「井の中の蛙」状態だ。だからといって二人をうらやましいとは思わず、これも必然の出会いの中での私の人生であり、自分の人生にはこれで満足しているのだが。
 二人の日本論も面白い。シャンサ氏は日本の清清しさや武士道を述べ、コラスさんは物には魂があるという日本の職人気質について述べている。普段我々使っている思考法や倫理観などは外国の方からみれば異質な考え方であるが、しかし二人は日本の考え方を肯定されていて、それが日本の良さと認めている。シャンサ氏の意見ではこの日本の倫理観は島国という地理的な要因から来ていると述べられていて、それには異論があるが、それでも二人ともよく日本のことを見ている。
 シャンサ氏は小説家/芸術家として、コラスさんはビジネスマン/小説家として現在成功者であり、故郷を離れて波乱万丈とも言える生き方を読むと、同じ時代を共に生きた人間として、大変参考になる本であった。



シャンサ/リシャール・コラス共著
<午前4時、東京で会いますか?>

大野朗子 訳
ポプラ社
定価:本体1,500円(税別)







2007年10月21日

<ゲイン可変型プリアンプの回路解析>
 以前このコラムでゲイン可変型のプリアンプをご紹介した。このプリアンプはノイズの性能が良く、実際の使用状態(ボリュームを絞った状態)でのS/Nがこれまでのアンプに比べ、格段に良くなっている。実際私のアンプもこれに改造し使用している。
 ただこのアンプは欠点が無いのかと言われればそれがあった。それは何故かボリュームを絞ってもごく僅かだが信号が聞こえてしまう。音楽信号が少し漏れてくる。そして、ボリュームをゼロからほんの少しだけ戻してあげると、今度は信号がゼロになって消えるところがある。この現象は何故だろうとこれまで思ってきたが、自分が使っている限りそれ程問題にならないのでそのままにしておいた。しかし、今回新しいプリアンプを設計するにあたり、新しい回路でこのゲイン可変型の反転アンプを設計し特性を測っていたら、当然同じ現象が現れた。これは将来お客様に使っていただくものになるかも知れないので、ここは真面目に解析しなければと思い今回この現象の解析をした。
 詳しくは別のページで述べているが、この現象が回路の等価回路で計算した結果と一致し自分でも現象が良く理解出来た。これは理想のアンプでは存在しない現象なのだが、実際アンプとして作ってみると素子や回路は理想状態ではないので、思いもよらない現象を生んでいることが分かった。このようなことはアナログの世界では当たり前のことだが、今回は定量的にも定性的にもこの動作が解析でき、数値で証明できたのは良かった。普通なかなか実際に起きている症状を計算で割り出せることは少なく、定性的な説明でその症状を理解するに留まることが多い。
 話を戻すと、今回のゲイン可変アンプのボリュームゼロでの漏れ信号については、結論的には簡単な方法で解決することが分かった。また真空管でこのアンプを造るには特別の考慮が必要であることも副産物として得られた。この新しいプリアンプは実は比較的安いモデルのプリアンプ(ラインアンプ)用として、またこの回路にパワー部を追加したプリメインアンプ用として設計されたものだ。最初に述べたようにこのプリアンプは実用上のS/Nが良く、何とかこの特長を活かしてお客様により音楽を楽しんでいただけるアンプとして考えている回路だ。今回の解析により、動作内容がクリアーになったし、またその解決方法も見つかり、楽しい回路解析であった。
 いつも書いているが、小さなことの積み重ねが結果として特長ある製品になると信じて造っている。


詳細は「ゲイン可変型反転アンプの回路解析」を参照して下さい。





2007年10月11日

<秋>
 この季節、外に出ると我が家や近所のキンモクセイの香りが一面に漂い気持ちよい気分にさせてくれる。今年の非常に暑い盛りも過ぎ、やっと静かな時間が持てるようになった。私はこのキンモクセイの香りを嗅ぐと何故か小学生時代の運動会を思い出す。実家にキンモクセイの木は無かったと思うが、小学校の校庭にキンモクセイの木があったのかもしれない。視覚での記憶はまったくないが、何故だか香りの記憶だけが残りそれが運動会を連想させている。
 秋は食欲の秋、スポーツの秋、芸術の秋と夏の気だるさから解放されて、生活の中にもやる気が出てくる。音楽を聴くのもそうだ。夏は暑くてじっと聴くより昼寝をしたくなるし、また音楽を聴く環境ではない。夏に音楽を聴くには先ずクーラーが必要で、このクーラーの音も音楽を静かに聴くには騒音になる。また昼間はせみの鳴き声がうるさく、普通の家屋で音楽を聴くには回りの騒音が多すぎる。秋になるとクーラーも必要としなくなり、またせみの声も聞こえなくなると、音楽をじっくり聴ける環境になる。体調も集中力が出てくるので音楽を長く聴けるようになり、まことに芸術の秋になってくる。
 そんな理由からか秋になると、オーディオのイベントが10月の初旬に集中している。今年も有楽町で開催されていたインターナショナルオーディオショーとハイエンド東京を見てきた。私はこのショーを毎年楽しみにしている。特にインター(後省略)は高級オーディオが中心なので、普段あまり聴くことができない高級機の音を聴けるので楽しみにしている。雑誌などで評判となった機種の音とはどのようなものかを知る為だが、これらを聴いて記憶に残し、自分の設計するアンプのリファレンスをするためだ。今年もいくつかの高級アンプの音を聴いてきたが、私にとっては残念だがどれもすばらしい。Behold、ゴールドムンド、パスのアンプなどはやはり素晴らしい音がしていた。共通する音の特徴としては、聴感上のS/Nが良い、帯域がフラット、音のレスポンスが良い、スピーカーのドライブ能力(グリップ力)が良いなど共通する要素がある。各社それぞれ違ったやり方でアンプを設計している訳だが表現された音には共通な傾向があると思われた。私のアンプもその方向を目指して改良を重ねているが、残念ながらこれらの超高級アンプには敵わない。しかしこれらは数百万円するアンプなので対等に競争はできないのだが。ここまで高いアンプが必要かは別にして、やはり良い装置で音楽を聴くと音楽そのものが楽しくなる。デモでもシューベルトの即興曲、バッハ無伴奏バイオリンソナタなど音楽に引き込まれてしまった。手前味噌だがMYプロダクツのアンプも決して悪くなく、アンプの部類でもかなりスピーカードライブ能力はあると感じられたが、もっと上があり、更にこれらの能力を上げていくかを再確認できたことは収穫であった。

 今年の秋もMYプロダクツの展示会(視聴会)を開催する予定だ。ただしこれは知り合いだけを招待しており、申し訳ないが一般の方には連絡していない。ここでは私がこの1年で得られたノウハウを入れたAdagio(Ver2)、6550ppの実験機、ローノイズの反転型プリアンプの音を聴いていただこうと計画している。超高級アンプにはまだ敵わないけれど、真空管でこれらの音に近い音を目指した経過を聴いてほしいと思っている。 オーディオは芸術という言葉は好きになれない。私にとってオーディオは音楽を聴く手段であって、しかし装置が良いと音楽が楽しくなるからそのために努力しているだけだ。
 まだ道半ばではあるが、どのようにスピーカーをドライブしたら良いかが少しずつ分かってきた。真空管という性能の限られた素子で、極上の音楽を再生するという夢はまだ面白い。






2007年10月1日

<スピーカー交換顛末記>
 先日いつものように近所のコーヒーショップのアステカさんにコーヒー豆を買いに出かけた。この店はMYプロダクツの真空管アンプを使っていただいている店で、コーヒー豆もよく買っているところだ。ところがマスターがいい時に来てくれた、ちょっと見て欲しいと言っている。何かと思ったら店で使っているスピーカーがおかしいとのこと。音が割れて歪んでいる。このスピーカーはJBL製で天井から吊り下げられた小型スピーカーだ。後ろの配線の接触を調べたが変化ない。それではと思い前面のカバーを取った。案の定スピーカーエッジがボロボロで、これではスピーカーの機能をなしていない。こんな状態で聴いていたとは、私も確認不足だった。天井吊り下げ型なので簡単に確認出来なかったからだが、これでは良い音が出ない。20数年、毎日BGMとして使われていたので仕方がないか。ということでスピーカーのユニット交換をすることになった。
 先ずネットで交換ユニットを調べたらモデルは新しいものに変わっているが、まだ交換ユニットは存在する。マスターに連絡して、新ユニットを買い揃えてもらう。店内のシステムは4スピーカー構成で、LR2個ずつのスピーカーを使い店内に音楽を流している。1個だけ交換と言う訳にはいかないので、4個揃えてもらった。バッフル(スピーカーの取り付け板)を見ると、ネジ4個が見える。これは交換が簡単と思い、ユニット交換を引き受けた。
 当日工具を用意し、先ずスピーカーを天井から取り外した。スピーカーを取り付けているネジをドライバーでゆるめる。少し抵抗があるがネジは緩む。しかしネジが浮いてこない。そのうちネジが空回りしている。どうもこれは変だ。ネジ自身が取れないようだ。仕方がないので、バッフル板を外すのを試みた。これは6角ボルトで締めてある。それを外す。ところが簡単にバッフル板が外せない。力を入れて何とか外す。中で接着剤が付けてあった。バッフル板に取り付けてあるスピーカーのネジを裏から見ると、スピーカーネジは木ネジではなく、裏にナットがついてあるタイプだ。これでは表面からはネジは外せない。それに、これが大きな問題だったのだが、スピーカーの取り付け面全体にたっぷりの接着剤がついている。かなりの量だ。ネジ回しとナット回しを使いネジを緩めようと試みる。とこらがここにも接着剤がたっぷりついていて、簡単に回らない。かなりの力をいれ何とか4本のネジを緩めた。ところがネジは取れてもスピーカーはバッフル板から離れない。たっぷりの接着剤のせいだ。ここからが更に大変だった。下手に力を入れるとバッフル板その物が壊れてしまう。接着剤はかなり硬化していて簡単には剥がれない。最後は後ろと前からスピーカーとバッフル板の隙間にドライバーを差し込み、力を入れながら少しずつスピーカーを剥がしていった。最初の1個のスピーカーを取り替えるのに2時間はたっぷり掛かった。大変な作業だ。指が痛くなってしまった。あと3台もある。2台目の交換に取り掛かった。1台目に比べ作業の仕方が分かり少しは楽かと思えたがこれも大変だった。指が更に痛い。ここまで来たら後戻りはできない。3台目に取り掛かった。今度はスピーカーの取り付けネジを外すとき、接着剤が硬すぎて、ネジの頭をバカにしてしまった。これは大変なことになった。これではスピーカーを取り外すことができない。マスターの応援をお願いして、二人がかりでネジを取り外す。ところがあまりにも硬く、ナットを緩めていたら、ネジが折れてしまった。金属ネジより接着剤の方が強かった。実は2本のネジが折れてしまった。このスピーカーの設計はとんでもない設計だ。取り外しのことはまったく考慮していない。ユニット交換が出来るように商品は説明してあるが、実際交換は非常に難しい。以前JBLの4343のミッドバスを外したことがあるが、その時は前面から簡単に外せたのに、この機種は最悪の修理方法になっている。
 ネジを新しく購入し、日を改めて残りのユニット交換を行った。またネジを1本ダメにしたが、何とか4本全てのスピーカー交換が終わった。この交換スピーカーは4Ωになっている。これがパラに接続されて使われている。いくら何でもダンピングファクター10程度のアンプで2Ωをドライブするのは無理がある。そこでスピーカーをシリーズに繋ぎ替えた。JBLのサイトでもスピーカーのシリ・パラ接続を紹介されているので問題ない。更にユニット間のばらつきを考えても、2Ωをドライブするよりダンピングは向上すると考えた。音の結果は良好だった。当然ながらクリアーで音が前に出てくる。これで苦労が報われた。指の痛いのも我慢できる。
 数日後、女房と二人でモーニングサービスを食べにアステカさんを訪れた。早速音を確認する。以前と大分変わった。細かい音が良く出ている。お客様の少ないときだから静かに聴けた。マスターが言った。「昨日は音が良くなったので音量を大きくしてお客様と聴いていたのですよ。」この言葉を聞いて、全ての疲れが吹き飛んだ。





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