手造り真空管アンプの店




ゲイン可変型反転アンプのノイズ解析
                         2009年11月

 このホームページで以前ゲイン可変型のプリアンプを紹介した。このプリアンプの特長はアンプのゲインを可変して音量を調節するので、音量を絞るとノイズも一緒に下がり従来のプリアンプに比べ、通常の使用ボリューム位置においてS/N改善効果がある。しかしその時S/Nの改善効果についてまだ十分にその理論と効果を理解していなかった。
今回このゲイン可変型反転アンプのノイズの理論と測定を検討したので解説する。

 今回の解析・測定によればこのゲイン可変型反転アンプはボリュームを絞った時に予想以上のS/Nの改善効果があることが分かった。ボリュームを完全に絞ったときアンプ出力に現れるノイズはアンプの電圧ノイズと同じであり外部抵抗の影響は現れないことが分かった。これは通常プリアンプはボリュームは絞った状態で使用されるものであり、この時のノイズが従来のアンプに比べ大幅にノイズが少ないことを示した。また真空管ローノイズアンプの設計法も示した。ノイズ測定に関しても従来の方法では測定器の測定限界を上回り正確な測定が出来ないことが分かり、ノイズ測定用の治具を使った測定についても解説した。
 

1、ゲイン可変型反転アンプの回路

図1がゲイン可変型反転アンプの一般的な等価回路である。アンプは反転アンプになっており、nfを可変することによりゲインを可変するようになっている。この時のゲインは次のように求まる。

Ein:入力信号
Ea:アンプの入力信号
Eout:出力信号
A:アンプの裸ゲイン
とすると、

Ea=(Eout−Ein)Rin/(Rin+Rnf)+Ein    @
Eout=−A・Ea         A


@、A式からゲインを求めると
Eout/Ein=−Rnf/{(Rin+Rnf)/A+Rin} B

ここでA=∞とみなせれば
Eout/Ein=−Rnf/Rin  C

となり
Rnfの値に比例するゲインが得られる。
Rnfを可変すればゲインは0から−Rnf/Rin(マイナスは位相が反転)まで変化し、ボリュームコントロールアンプとして働く。



2、オペアンプのノイズ解析モデル

図2はノイズ解析モデルである。
一般の非反転入力(+)、反転入力(−)を持つオペアンプに外部抵抗を付けたアンプ回路で発生するノイズを表わしている。

NI=オペアンプの入力ノイズ電圧
BN=オペアンプの非反転入力ノイズ電流
BI=オペアンプの反転入力ノイズ電流
RS=信号源抵抗のノイズ電圧=√(4KTR
RF=帰還抵抗のノイズ電圧=√(4KTR
RG=ゲイン設定抵抗のノイズ電流=√(4KT/R
K:ボルツマン定数
T:絶対温度

これらのノイズの総出力ノイズ電圧()は次のように計算される。
全てのノイズ電圧源とノイズ電流源が無相関の場合、それぞれの電力出力が出力で総和されることになる。

総出力ノイズの計算
1+R/R=G=ノイズゲイン(オペアンプの非反転信号ゲインと完全に等価)と仮定すると
各ノイズ項の出力へのゲインを求めると

   ノイズ項        ゲイン
    
NI               G
       IBN             R・G
      ERS              G
       IBI               R
      ERF               1
       IRG               R

よって出力に現れるノイズの総和は

=√{(ENI+(IBN+4KTR+(IBI+4KTR+(4KT/R)R}   D

4KTR+(4KT/R)R=4KTR・G
    E

だからD式は

=√{(ENI+(IBN+4KTR)G+(IBI+4KTR       F

となる。

この式からローノイズアンプを設計するにはENI、IBN、IBIの少ない素子を選択することも重要だが、回路設計としては外部抵抗Rをなるべく小さく設計することが肝要であることが分かる。
F式は一般のアンプにおける出力ノイズを表わしたものだが、これをゲイン可変型アンプに応用してみる。



3、ゲイン可変型反転アンプのノイズの計算

F式で表わされるノイズは図1のゲイン可変型アンプでもそのまま当てはまる。
特にこのアンプは音量調節のために用いられており、ボリュームの位置でどの様にノイズが下がるのかが興味深いところである。
ここで図1の回路のように非反転入力(+)はグランドに接地され、R=0となっているので

@)ボリュームがある値を持つ時(
≠0の時)
=√{(ENI+(IBI+4KTR     G

A)ボリュームを完全に絞った時(
=0)
  この時
=1となりG式は

NI       H

となる。
こんな簡単な式になってしまった。これはボリュームを完全に絞った時アンプ出力に現れるノイズはアンプの電圧ノイズ
NIだけであり、他のノイズは出力に現れないことを示している。すなわち図2のに発生するノイズは出力に現れないことを示している。

 図1の回路で言えばアンプの入力抵抗
inに発生するノイズはボリュームを絞ると見えなくなることである。(inで発生するノイズはnfin倍されるがこの時nfin=0になるので出力に出てこない)これはボリュームを絞った時、外部抵抗(innf)のノイズはまったく現れずアンプ回路の入力換算の電圧ノイズだけが出力に現れることを示す。

通常の非反転アンプを使用したボリュームコントロールアンプではボリュームを絞った状態のノイズは常にG式で表わされる出力ノイズがあり反転アンプの時に比べかなりの大きさのノイズが見えていることになる。


4、実際の回路





図3が今回開発したゲイン可変型反転アンプの回路である。
真空管は6DJ8(それと同等管)を使用した。入力段にはトランジスターを使ってカスコード接続した。理由は初段のゲインを稼ぐことと、高域特性を良くしたいからだ。

in=10kΩ
nf=50kΩ(ボリューム)
=100Ω:残留出力(ボリュームを絞っても出力がゼロにならない現象)を補正するための半固定抵抗
out=100Ω

オープンループゲインは37.8dB
クローズドゲインは12.8dB

3章で述べたようにゲイン可変型反転アンプはボリュームを完全に絞った時外部抵抗のノイズは見えず、図2のNIの電圧ノイズだけが見えることになる。よってこの電圧ノイズすなわち真空管から発生する電圧ノイズを小さくすることが重要となってくる。


5、
NIを小さくする設計法

 それでは実際の真空管アンプで
NIを小さく設計するにはどうしたら良いのだろうか。NIを小さくすることはすなわち真空管から発生するノイズを少なくすることである。
アンプは通常何段かの真空管が繋がったものであるが、1段目の真空管で発生するノイズを
NI1、ゲインを、以下2段目の真空管で発生するノイズ、ゲインをNI2以下同様に仮定すると、アンプ全体の入力換算ノイズは

NI=√{ENI1+(ENI2/G+(ENI3/G・G+・・・}    I

2段目以降のノイズはその前段の真空管の増幅ゲインで割られるので影響が少なくなり、一番
NIに優勢なのは初段で発生するノイズ(NI1)である。だからアンプのノイズを小さくするには初段のノイズを減らし、初段ゲインを大きく取ることがローノイズアンプの設計法となる。

では初段の真空管のノイズを下げるには次のように考える。
3極管の場合発生するノイズは次の式で示す等価雑音抵抗で表わされる。

eq≒2.5/g      J
:3極管の相互コンダクタンス

だからローノイズアンプの設計法は
の大きな真空管を選び、が大きくなる動作点で動作させることである。
今回真空管は6DJ8を選択した。
真空管の仕様では最大
=15m/Ωで、実際の図3の回路では4m/Ω位で動作させている。

図3の回路での
NIの測定値は
NI=−125dBVであった。式Jから算出されるNI=−129dBV近くになるのだが、実際の回路では電源など外乱の影響もあり理論値まで下げることは出来なかった。しかし真空管アンプの入力換算ノイズとしてはかなり低い値を示すことが出来た。


6、測定治具の製作

さて次は図3の回路のゲイン可変型反転アンプのノイズを測定することになるのだが、ここで問題がおきた。ボリュームを完全に絞った時のノイズを測定するとその出力値は式Hより
NIの値(−125dBV)が期待されるのだが、今使用している測定器ではここまで低いノイズレベルを正確に測定できないことが分かった。
測定限界が−100〜−110dBVくらいのようだ。

使用測定器:
KENWOOD AudioAnalyzer VA−2230

そこで測定アンプの後にノイズレベルを上げるために40dBの治具アンプを製作した。図4に回路の概略を示す。





オペアンプLM4562を3個使用した。LM4562はデュアルオペアンプなので1つのパッケージに2つのオペアンプが入っており、合計5個のオペアンプを使用した。
−130dBV(IHF−A)以下の入力換算ノイズになるように設計した。
LM4562の電圧ノイズは仕様では
2.7nV/√Hz(Tpy)となっていて、フィルター(IHF−A)後のノイズレベルを計算する。
IHF−A(IEC−651−A)の帯域幅Δfはおおよそ12KHz位と考えられるから、
≒2.7x√(12000)=295.8nV=−130.6dBVとなる。
これは概算(外部抵抗の影響は計算していない)なので余裕を見込んで更にオペアンプを4個パラに接続して6dB改善し−136dBV位を狙った。

実測
ゲイン:
40.1dB
入力換算ノイズ:
IJ=−135.5dBV(IHF−A)   K
  注)以前コラムでこの治具のノイズレベルを実測−134dBVと発表したがその後電源と配線を改良し−135.5dBVまで改善した。

予定通りの仕様の治具が出来上がったのでこれを使ってゲイン可変型反転アンプのノイズを測定する。


7、ノイズの測定

 測定法は被測定アンプの出力に治具アンプを繋ぎ治具アンプの出力のノイズレベルを測定する。
ただしここではこの治具アンプを入れたことによる僅かなノイズの悪化を補正しなければならない。

@)測定結果
今回特にボリュームを絞った時のノイズに注目してみた。それは3章で述べた
nf=0の時inの熱雑音が出力に現れないかどうかをどうしても確かめたいからだ。(そのた為に治具アンプも設計した)
治具アウトでのノイズは−81dBV程度であった。程度と書いているのは値がいくらか変動するので中間値あたりを指している。
治具アンプのゲインが約40dBだから
この被測定真空管アンプの出力でのノイズレベル


≒−81−40=−121dBVとなる。    L

A)治具ノイズの補正
はL式で算出されたがこれは真のアンプノイズではなく、治具のノイズと出力抵抗(out)の影響を排除しておく必要がある。

真のアンプのノイズを
ORとするとK式のIJを使って
OR+EIJ+(Routの熱雑音)=E      M

すべてを電圧値に直し、
Rout=100Ω Δf=12KHzで計算すると

OR=√(E−EIJ−(Routの熱雑音)
=√((8.91E−7)−(1.68E−7)−(1.27E−9)x12000)
=√((7.94E−13)−(2.82E−14)−(1.94E−14))
=√(74.6E−14)
=8.64E−7 
=−121.3dBV        N

N式がボリュームを完全に絞った時の真の出力ノイズである。
治具アンプと出力抵抗
outによるノイズ悪化の影響はわずか0.3dBであることが分かる。


B)
測定、補正結果
図3における真空管ゲイン可変型反転アンプのボリュームを完全に絞った時の出力ノイズは
−121.3dBVとなった。
これは理論値
NI=−125dBVと一致しなかった。 H式参照
その原因として出力ノイズはまだ僅かなハム成分やフリッカー雑音成分が混じっており、正確にノイズ測定が出来ていないことが原因である。
−120dBV以下のノイズを測るにはかなり環境を整えて測定する必要がある。測定用の実験回路を作りトランスのフラックス、ヒーター電源、シールドされた回路などを考慮しながら測定する必要がありそうだ。

しかしながらこの測定値から分かることはボリュームを完全に絞った時、入力抵抗
のノイズは出力に現れていないことは確認できた。その理由はもしin=10KΩの影響が出ているとすれば−117dBV以上の値になるはずであるからである。

ボリュームの位置によるノイズの変化を図5に示す。ボリュームを絞るとともにシグナルとノイズが同時に下がるので、従来のアンプに比べ使用状態でS/Nが改善されている。
以前設計した従来型(減衰型)12AT7プリアンプと比較した。図で分かるようにボリュームを絞った使用状態(9時〜10時)で、プリアンプのノイズ出力が−120dBV近くを指している。従来型とは約18dBもの差が出ている。



8、結果、考察
 今回6DJ8を使用した真空管ゲイン可変型反転アンプのノイズについて解析した。
ゲイン可変型反転アンプではボリュームを完全に絞った時、出力に現れるノイズレベルはアンプの電圧ノイズだけであり、外部抵抗の熱雑音の影響は出ないことが分かった。これは通常オーディオアンプではボリュームは絞った状態で使われるので、このゲイン可変型反転アンプはローノイズアンプとして有効な方法であることが分かった。
また真空管アンプでもローノイズ設計・回路方式にすれば半導体アンプに負けない性能がでることが確かめられた。
しかし今回のノイズ測定ではまだ問題が残された。それは−120dBV以下のノイズを測るにはもっと外乱の影響を排除して行わないと真の値をはかることはできない。真空管のノイズ測定ではヒーター電源、電源リップル、電源トランスの影響など外乱を厳重に抑えて測定しなければならない。
またわずかだがフリッカーノイズについても測定方法、計算方法を考察する必要があると感じた。今後の課題である。


9、最後に
 最初、別のノイズ計算法でノイズを計算しそれと測定値とが大きく離れその原因が分からないでいた。そこで改めて別のオペアンプのノイズ理論から計算していくと、理論値は予想以上に良いことが分かり、測定法に間違いがあることが分かった。そこで測定治具も製作しノイズの理論値と測定値の差を確かめた。まだその差は認められ測定法の改良はまだ必要なものの、このアンプが理論どおりにかなりのローノイズのアンプであることが分かった。

 雑誌等で他アンプなどと比較してみると、通常使用している状態でプリアンプの出力ノイズレベルが−120dBV近くというのは高級半導体アンプにも負けないノイズレベルにあり、真空管アンプでは驚異的数値で恐らく世界最高のノイズレベルではないかと思っている。
ゲイン可変型反転アンプは市場の製品ではほとんど見かけないし、そのノイズ理論の有利さを示してくれた資料もない。今回の開発でその優位性を示すことができた。

MYプロダクツとしては特長あるプリアンプが出来たと思っている。ここまで理論が分かってくるとゲイン可変型反転アンプの本質が分かってくる。だから他の回路でも特長を生かすことができる。さらに応用回路で更なる発展をさせていきたいと思っている。



参考文献
・高速オペアンプのノイズ解析(T.I)
・真空管自由自在(誠文堂新光社)
減衰型プリアンプとゲイン可変型プリアンプのS/N比の比較
ゲイン可変反転アンプの回路解析